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(9話) 目的地、横浜②

9話まで公開しました。本日もご覧くださり、ありがとうございます。


(それにしても、この子凄いわね。昨日、あれだけ辛そうだったのにちゃんと受け答えできてる。精神的には脆そうだし、顔色も悪いのに…………この子の中であたしが『憎まれ役を買って出た恩人』だから? 心を許した相手はとことん信頼するタイプかな)



 昨日さくじつの行動が単純な怒りに起因していると知ればどう思うだろうか。護衛するうえでは不利に傾くだろう。それでも構わないが、あえて打ち明けるメリットもない。



「できるだけ体格の良い男とは接触しないで済むようにするわね。そういえば、入院してたって聞いたけどそっちは大丈夫? 毎日、何回も発作が起きてたんでしょ?」


「はい。毎日四回くらい、です。その間は息ができなくて頭が痛くなって、お医者さんが言うには心肺機能が低下して、いつ呼吸が止まってもおかしくないって…………でも、地下室に連れていかれてからは一度も出てないです」


「よくわかんないわね。とりあえず体調が悪くなったら遠慮しちゃ駄目よ」



 健康状態に問題はないらしい。『発作』の正体は不透明だが、用心しておこう。



「わかりました」



 『能力』を使用すると副作用または反動とでもいうべき症状が出る場合がある。五感が鈍くなったり強い頭痛に苛まれたり使用時の記憶が飛んだりとその内容は多岐に渡る。車谷(いわ)く、結樹菜の言う発作に似た症状が反動として現れることもあるらしい。もしや、それが発作の正体だろうか。



「あ、あの………いろいろありがとうございます」 



 結樹菜が感激した声で言った。悪い気はしないが礼を言うには気が早い。



「あなた、やっぱりいい子ね。でも、意外だったわ」


「…………?」


「檜山に聞いてるでしょ? あたしは戦闘員で人を殺してる。そういうの怖がりそうなのに」



 月那は屑を殺すのを躊躇ったことはない。屑は迷わず殺す。それで守れる命があるならばいっそ殺し尽くすべきだと考える。だが、その価値観が万人ばんにん受けしないこともわかっている。



「前に尋ねたことがあるんです。どうして人は人を殺したりするのって」


「へぇ……それで?」


「人を殺すのは悪いことだけど本当に仕方ないこともあるから自分の目でその人がどんな人間なのか確かめなさいって言われました。それで、月那さんは悪い人じゃないと思いました。私を決心させてくれたり気遣ってくれたりしてむしろ優しい人なのかなって」


「見る目があるわね。あたしってかなり優しいからね」



 月那は屑と悪党と糞野郎が嫌いだ。そういう人種を心底憎悪する。その一方で被害者や一般人に当たり散らすような真似は基本的にしない。年長者や妊婦には人並み以上に気を遣っていた。老婆に小学生だと勘違いされた時も『よく見なよ。こんな色気がある小学生いないよ』などと笑い飛ばすくらいには寛容であった。



「はい。わかります!」



 元気な返事だった。本当に素直で良い子だ。檜山あたりならニタニタしながら『鬼畜のくせに?』などと嫌味を言ってくる場面なのだが。



「自分の目で確かめなさいって教えてくれたのは誰なの?」

「お兄ちゃんです」



 結樹菜がまばゆい笑顔で答えた。純粋で可愛らしい。まさしく守りたくなる笑顔だった。



「話がわかるね。いいお兄さんだ」

「はい。お兄ちゃんは優しいんです。いつもいろんなことを教えてくれてあたしを励ましてくれました。毎日お見舞いに来てくれて、学校に行けない私のために授業もしてくれたし何度も励ましてくれました。優しくて自慢のお兄ちゃんなんです!」



 瞳の輝きが凄まじい。兄の瑞穂みずほ総司そうじを心から敬愛しているのは明らかだった。



「お兄さんいくつなの?」


「私の三つ上なので十五歳です」


「受験生だね。なのに、毎日授業に来てくれるの?」


「はい。お兄ちゃんは成績も良くて高校は間違いなく受かるって。それに、お父さんの知り合いの大学教授のところで特別に勉強させてもらってるって言ってました」


「へぇ。凄いじゃん」



 月那は中学を卒業していないが、総司が優れた頭脳の持ち主であることはわかった。



「はい。凄いんです!」



 結樹菜が誇らしげに笑う。



(うん……やっぱ嫌いじゃないわ)



 家族を大切にする人間は嫌いじゃない。総司のことを嬉しそうに語る結樹菜には好感が持てる。叶うなら再会させたいとも思ったが、生憎と現段階ではなんとも言えない。


 二十五年前に『瑞穂結樹菜』という少女が横浜の病院で逝去した。兄の瑞穂みずほ総司そうじ、父の瑞穂みずそ幸路ゆきじ、母の瑞穂みずほ加奈子かなこは行方が掴めていない。



(そもそも、その三人がこの子の家族かどうかも怪しいわ。この子が『瑞穂結樹菜』の記憶を持ってるだけの別人って可能性があるから……でも、それは今考えてもわからない)



 ならば、今できることをやるしかない。



「横浜に着いたらあなたが入院してた病院に行く。横浜市立大学付属病院?」


「はい。病院の名前って言われた時に心当たりがあるのはその病院だけです」


「車谷が言ってたんだけど、それって古い呼び方みたいね」


「そうなんですか? お父さんもお母さんもそう言っていたので…………」


「正式名称は横浜市立大学付属市民総合医療センターだって」



『瑞穂結樹菜』が死亡したのも同じ病院らしい。『瑞穂結樹菜』が死んだ病院に偶然にも同姓同名の結樹菜が入院していた? いや、この合致は偶然には荷が重い。二人を繋ぐ因果があるのだ。それが病院で明らかになる保証はないが確かめるほかにない。



「家は近くなの?」


「そ、その……ごめんなさい。局員の方にも聞かれたけど覚えてなくて。お父さんが言ってたんですけど、私が入院中に病院の近くに越してきたらしいんです。それで、私は新しい家に入ったこともなくて、だから具体的な住所も覚えてないんです」


「そうなんだ。なにか思い出したら言いな。それと一つ言っとく。家族が見つかる保証はないけど本気なら全力で協力する。あと、どっちにしても昨日は言い過ぎた。ごめんね」



 月那は短気で横暴だが、自身の非を認めることのできる人間ではあった。



「いえ、謝らないでください。ありがとうございます。よろしくお願いします」



 結樹菜が頭を下げる。本当に、素直で殊勝な性格である。



(反応が初心うぶすぎる。屑の匂いがしないし、相馬の手先とは思えない。まあ、しばらくは様子見だし、この子が敵ならあたしが殺すことになるけど)



 その線は薄そうだ。月那は温くなったココアを口に運んだ。熱々のココアも美味びみだがぬるいココアも違った味わいがある。



「あ、そ……その…………」



 ココアを堪能していると結樹菜が躊躇いがちに質問をした。



「そ、その…………一つ、聞いても……いい、ですか?」


「いいよ。どしたの?」



 しばらく返答がなかった。よほど聞きにくいことだろうか。



「あ、あの…………やっぱり、いいです」

「遠慮しなくていいのに」

「ご、ごめんなさい……大丈夫、です」

「ふぅん。まあいいけど、聞きたくなったらいつでもいいから」



 月那は腕時計を見た。時刻は午前八時十七分。横浜に到着するまでおよそ二時間。そこで手掛かりが見つかればよいのだが――。





明日に10話と11話を公開します。

時間は12時と17時予定です。


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