ポスター張りを手伝ってくれる和水さん②
分量を考えて、中編と後編に分けることにしました。
「まいったなぁ」
あの後、すぐに帰って行った伊刈さんを見送り、僕はそれから一人でポスター張りを再開した。のだが、廊下の掲示板ですぐに難問にぶつかってしまっていた。
「……ちょっと、ちょっとだけ背が足りないな。うん、ほんのちょっと」
想像出来ない人がほとんどだと思うけれど、僕は掲示板の上の方まではまったく手が届かない……いや、ちょっとだけ手が届かない。
貼りやすそうな位置はすべて他の掲示物で埋まっていて、仮にそれらをはがして位置を変えても、結局は貼りなおす時に上の方まで使う必要があるからどうしても無理だ。
僕はチビな自分を軽く呪ってやった。
「まぁ、仕方ないか」
あれやこれやと方法を考えてみたけれど、結局は伊刈さんがしていたように椅子に上るのが一番楽そうで、僕は渋々教室から自分の椅子を持ち運んでポスター張りをすることにした。
たかがポスターを貼るだけななのに、一人でするとそれなりに大変だ。何枚もあるポスターと画びょう、それから椅子を持ち運ぶのは結構手間だった。
苦労してさっきの掲示板まで戻り、僕はさっそく椅子をセットして上に上がった。これならいくら僕がチビでも流石に余裕だ。
「はぁ~、明日になったら急に身長が25㎝くらい伸びてないかなぁ――」
そんなくだらないことを考えていたから僕は反応が遅れた。いや、もともとがクソみたいな運動神経だから気を抜いていなかったとしもどうしようもなかったかもしれない。
何が起きたかといえば、僕が椅子に乗った瞬間、ガタッと椅子が大きく傾いてしまったのだ。
日中、すわっている間ずっとガタガタゆれていたことを今更ながらに思い出す。
放課後に残って直そうとするくらい気にしていたはずなのに、きれいさっぱり忘れてしまっていた。
伊刈さんの子ぶりなお尻が、ずっと僕の頭の中で揺れていたからこれは仕方ない。
咄嗟に壁に手を伸ばそうとしてみるけれど、もう遅かった。
気が抜けていた僕の動き出しは遅く、もはや後ろに倒れつつある身体をどうやっても支えることはできそうになかった。
僕は反射的に目を瞑る。それはもう身体がどうにか足掻くことを諦めたサイン。
あとはもう襲ってくる衝撃が少しでも弱くなるのを願うくらいだ。
確実に怪我、酷ければ骨折くらいはするかもしれない。
今や椅子から完全に空中へ投げ出された。そのまま固い床に落ちるしかなかった僕は――
――何故か柔らかな何かに抱きしめられていた。
「大丈夫!?」
耳元で焦りを伴った声が響く。目を開けてみれば、なんと僕は和水さんに抱き留められているらしかった。
自分のおかれている状況を確認はしたが、頭の理解は追い付かない。
床に座り込むようにしている和水さんにギュッと抱きしめられている。
なんでこんなことになっているのか……整理してみようとしてもダメだった。
なぜかといえば、もう背中にムニムニと押し付けられているものが気になって仕方なかったからだ。
「ぉ、ぉぉ、おぱ」
「落ち着いて、大丈夫?」
僕はハッとして口を閉じた。危ないところだった。背中の感触に意識を奪われるあまり、つい口に出してしまうところだった。
もし口に出してしまえば和水さんは離れてしまい、二度とこの素晴らしき感触を背中で感じることはできなくなってしまうだろう。それどころかボコボコにされる未来しか見えない。
僕は和水さんの腕の中で柔らかい特大の感触を楽しむため、とりあえずは放心しておくことにした。
「しっかりして直!」
「……あれ?」
「あ、気が付いた?」
「あ、はい。ていうか今、僕のこと名前で呼びませんでしたか?」
放心しているつもりだったけれど、僕はつい反応してしまった。だって女の子から名前で呼んでもらえたことなんかなかったし、和水さんがどうしていきなり名前で呼んでくれたのか気になったのだ。
「……呼んでないし、何言ってんの」
「あれ? そ、そうですか?」
「そうだよ。よっぽど混乱してるんじゃない?」
「あはは、す、すみません」
おかしい。確かに名前で呼んでもらえたはずだった。童貞の僕が女の子から名前で呼んでもらえたことに反応しないわけがない。けれど和水さんはそっぽを向いて完全に否定。そう返されると、僕も自信がなくなってきてそれは一旦置いておくことにした。僕には他にも聞きたいことがあったからだ。
「あの、じゃあ和水さんはどうしてまだ学校に? もう放課後になってけっこう経ってますけど」
「……たまたま」
「はぁ、そうなんですか」
「それより、どこか痛いところはない?」
「あ、はい。別に痛い所はないですけど」
まるで無理やり話題を変えられたような気がしたけれど、これ以上詮索するのも悪いと思い、自分の身体を確認してから答えた。正直に言うと、背中は気持ちいいし最高だ。
「ならもういいね」
「え、あ……」
しくじった。しくじり大王だ。せっかく放心して和水さんが押し付けてくれている柔らかな感触を感じ取っていたというのに、つい会話に反応してしまうなんて、完全な失態だ。
僕が嘆いたところで遅く、和水さんは僕立たせて離れてしまった。
背中に当たっていた胸の感触が名残惜しかったけれど、離れたことでようやく僕も思考回路が復活してきた。
状況から察するに、椅子から落ちた僕を和水さんが受け止めてくれたのだろう。
まさに間一髪だ。もし和水さんの大きな胸がなければ、僕は固い床に頭から落ちてしまっていたと思う。
「あの、和水さんが助けてくれたんですよね?」
「言っておくけど、あと少しでも私が遅れてたら危なかったから、気を付けて」
そう言う和水さんは、僕には何故か怒っているように見えた。子供の頃にやんちゃして怪我をした時、怒りながらも心配して手当をしてくれたお母さんの姿が重なった気がしたのだ。なんとなく恥ずかしくなって、僕は和水さんをまっすぐ見れない。
「あの、すみませんでした」
とりあえず頭を下げる。お礼の方がよかったかもしれないと思ったけれど、なんとなく謝らなきゃいけない気がしたからだ。そうして頭を下げたまま和水さんの反応を待っていると、不意に頭を触られた。
「いいよ。怪我してないならそれで」
なんて優しい声なのだろうか。和水さんのその言葉は、僕の心の中に深く入って来た。同時にゆっくりと頭を撫でてくれていて、それが本当に気持ちいい。もし、僕が今横になっていたら、数回撫でてもらえただけで眠りに着けそうだと思った。
後編も続けて投稿します。