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無口で怖いとクラスで有名なギャルの和水さんが、僕だけに優しいんですけど  作者: 美濃由乃


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僕なんかの部屋にいる和水さん⑪


「どうしたの固まって、ほら、早く行こ」


 いつまでも動かない僕に痺れを切らしたのか、和水さんに手を握られた。


 いつもの僕なら、もうこれだけでノックアウトだっただろう。


 現に今も僕は和水さんの手の感触に興奮して、すべすべのお手てをにぎにぎしたくて仕方ない衝動に駆られている。


 だが、今だけはいつものように劣情に負けてはいけない。


 手をつなぐという神聖な行為が、まるで軽く見えるほどの危機が迫っているのだから。


「和水さん、ちょっとお待ちください」


 僕は心に鋼を纏い、確固たる意志で和水さんを呼び止めた。


「ん、何?」

「その、お風呂にはお一人でお入りください」

「なんで?」


 なんで? ときた。


 なんで? だってよ。


 なんで? なんてなんでそんなに純粋な瞳で聞かれなければならないのだろうか。


 もしかしてあれだろうか。和水さんは実は性に関して無知なのだろうか。


 だからただのクラスメイトである僕と一緒にお風呂に入るのも普通の事だと思っている、とか……。


 いや、それはあり得ない。


 これまで僕を揶揄っていた事を思い出せば、和水さんが性に無知だなんて到底思えない。


 だとしたら何故、和水さんはこんなにも平然と僕をお風呂に誘うのだろうか。


 そんなことを言われたら、童貞がどうなってしまうのか知らないのだろうか。


 いや、知っているはずだ。


 だいたい、今日だって和水さんの背中に擦れた僕の一部が大変な事になった時も和水さんは笑っていた。


 いや、逆にもう僕には分からなくて当然なのかもしれない。


 和水さんは美少女だ。


 美少女が何を考えているかなんて童貞に分かるだろうか。いや、分からない。


 ならばもう考える必要もない。


 ジェントルマンとして、ここは和水さんのためにもしっかりとお断りさせていただこう。


「和水さん。僕はもう子供ではありません。お風呂くらい一人で入れますからご心配なさらないでください」

「……今日は頭を打っていつフラフラして倒れるかわからないって言われたでしょ? お風呂で倒れたらどうするの?」

「え? お風呂で」


 僕は少しだけぞっとした。


 お風呂でフラフラして倒れたら、場合によっては溺れてしまうことだってあり得るからだ。


「湯舟で気を失ったら死ぬよ? 湯舟の仲じゃなくても裸だから体温がどんどん下がって目覚める前に死ぬよ? その前に頭とか打ちどころが悪かったら死ぬよ? 死んだら裸で発見されるんだよ、恥ずかしくないの?」

「そ、それは……」


 僕は想像して恐ろしくなった。


 お風呂場で死んでいる僕。


 不幸な出来事とは言え、発見される時は当然のように素っ裸だろう。


 もう死んでいれば関係ないのかもしれないが、大事な部分も丸見えで発見されるのはとても恥ずかしい。


 和水さんの言葉にはお風呂の中だけでは死にたくないと、僕にそう思わせるには充分な説得力があった。


「裸で死ぬの嫌でしょ? だから私が見ててあげるって言ってるの。傍にいれば倒れてもすぐに助けられるし、安全のためにはそうした方がいいでしょ?」


 さすが和水さんだった。


 僕は男女でお風呂に入るという観点でしか物事を見れなかったというのに、和水さんは羞恥心などよりも僕の安全を考えてくれていたのだ。


 その視野のなんと広い事だろうか。


 その優しさのなんとありがたいことか。


 僕には目の前の和水さんが聖女のように見えて仕方なかった。


 もう混乱の極みにいる僕には、正常に何かを考える能力がまったく残ってはいなかった。


「それは、ありがたいですけど、え、でも、いいんでしょうか?」

「何遠慮してるの? いいに決まってるじゃん」

「ほんとに? 和水さんは本当にいいんですか?」

「さっきからそう言ってるじゃん」



『お風呂が沸きました』


 僕の耳に、またあの無機質な電子音声が響いてきた。


 それは、タイムリミットがきたお知らせだ。


「ほら、沸いたってさ、早く入っちゃお」

「…………あい」


 僕はもう思考を放棄した。


 ジェントルマンの僕はオッパイに敗北した。


 鋼の心なんて初めから無力で、僕の脳内はもう和水さんのオッパイで一杯だった。




 自分の心臓の音が嫌に煩い。


 血管か心臓のどこかが破けてしまうんじゃないかと思うくらいには血流が早くなっている気がする。


 そんな極限状態の僕は、今、浴室でシャワーチェアに座っていた。


 僕は今、ほとんど何も見えない状態に置かれている。


 何故かというと、タオルを顔面に巻いて視界を塞いでいるからだ。


「先に入って待ってて」と和水さんから言われた通りに座って待っているわけなのだけど、流石に罪悪感というか、単にチキンハートなだけというか、和水さんを直視する勇気のなかった僕は、苦し紛れにタオルを顔に巻いたのだ。


「……ふぅー……ふぅー」


 慌てていたから仕方ないのだけれど、今になって思えば目だけを隠せばよかったかもしれない。


 顔全体を隠すようにタオルを巻いたから息が苦しくなってきた。


 しかも、なんだか少しタオルが透けているような気もする……いや、それは気のせいかもしれない。


 ちなみに腰にもタオルは巻いている。


 だが、しょせんは薄い布切れ一枚。


 僕の大切な身体の一部が間違ってどうにかなってしまった場合、到底隠し切れはしないだろう。


 だからこそ、僕は精神統一に集中しなければならなかった。


 決してあそこがスタンドアップしてしまわないように、最新の注意を払う必要があったのだ。


 だが、そんな僕の心をかき乱す音が聞こえてくる。


 浴室と脱衣場を隔てる一枚の薄いドア。


 そのドアの向こう側から、和水さんが服を脱いでいる衣擦れの音が微かに聞こえてくる。


「……ふぅーふぅー……はぁ、はぁ」


 今和水さんは何を脱いでいるところだろうか。


 僕の神経はもう衣類の音を聞き分けるためだけに集中してしまっている。


 視界を閉じている分、いやに音が大きく聞こえるのもよくなかった。


 和水さんが今どんなお姿なのか、刺激的な妄想が勝手に膨らむのを止められない。


 僕の身体の一部が準備運動を始めだしてしまい、必死になって落ち着かせる必要があった。


 和水さんは僕を心配して、あくまでも善意でこんなことを申し出てくれたのだ。


 そんな親切心を裏切るわけにはいかない。


 そう僕が決意を固めた瞬間、



「お待たせ~」


 扉が開く音と、そんな和水さんの軽い声が聞こえてきた。

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