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掃除を手伝ってくれる和水さん①


「ねぇ馬締まじめ君、聞いて聞いて!」


チビで童貞でイケメンでもない僕、馬締まじめなおにまで、そんな気さくな感じで話しかけてくれたのは一つ前の席に座っている女の子だった。


 彼女の名前は伊刈いかりレミさん。ゆるふわな髪をした小柄で可愛らしい女の子で、彼女も立派なギャルだ。


 髪は眩しいくらいの金色に染めていて、クリーム色のカーディガンをいつも羽織っている。小柄な伊刈さんはカーディガンの袖が長すぎるのか、いつも指先だけ出しているのだけど、それがなんとも可愛らしくて仕方ない。


 誰にでも気さくで明るく、伊刈さんがいるだけで場の空気をふわふわとした安らげるものに変えてくれる。それはきっと伊刈さんの天性の才能なんだと思う。


 僕も伊刈さんに話しかけてもらえると、自然と頬が緩んでしまうのだ。それもこれも伊刈さんが可愛いから仕方ない。胸は小さいけれど、なんというか守ってあげたくなるような可愛らしさがあるのだ。


「どうしたの伊刈さん?」

「あのねあのね、実はレミちょ~と困ってて、優しい馬締君なら助けてくれるかと思って」


うるうると瞳に涙をためて訴えて来る伊刈さん。いつも明るい彼女が泣きそうになっているなんてよほどのことだ。とても放っておくことなんかできない僕はすぐに頷いた。


「僕にできることなら何でもするよ」

「ホント!? うれしー! 馬締君はホントに優しいね」

「ハハハ、いやぁ、これくらいは普通だよ」

「わぁ、流石馬締君! 得意にならないところがかっこいいなぁ」


伊刈さんがこれでもかと褒めてくれるものだから、僕はもう鼻高々だ。何を頼まれるのかも分からずに引き受けてしまうくらいには浅はかだったわけだ。


「それで、僕はいったい何をすればいいの?」

「あのね、実は今日の掃除当番レミなんだけど、と~っても大切な用事ができちゃって急いで帰らないといけないの。だからね……」

「僕が伊刈さんの代わりに掃除をすればいいんだね?」

「うん。実は他の掃除当番のみんなも用事があるから、馬締君一人に任せることになっちゃうんだけど、大丈夫?」

「もちろん大丈夫だよ僕に任せて!」

「流石馬締くん! ホントありがと~」

「う、うん……」


僕みたいな童貞には、伊刈さんみたいな可愛い女の子が笑って話しかけてくれるだけでもご褒美だというのに、あろうことか伊刈さんは感謝のしるしに軽くハグまでしてくれた。


 伊刈さんはと~ってもいい匂いだった。


 胸はちょっと固かったけど、それでも僕は天にも昇るような心地だった。


「じゃ、放課後の掃除はよろしくね~」

「お任せください!」


最高のご褒美をもらった僕は、一人でもしっかりと掃除をやりきることを誓った。




「皆早くいこ~!」


放課後になると、伊刈さんは大半のクラスメイトたちを連れてすぐに教室を出て行った。


 まるでクラス会でもするかのような大所帯で、伊刈さんの大切な用事はどんなことなのか気になった。けれど僕はジェントルマンだ。女の子の予定を勝手に詮索なんてしない。僕は伊刈さんのためにも掃除を頑張ることにした。


「……あれ、結構広いな」


伊刈さんがほとんどのクラスメイトを連れて出て行った教室は、酷くがらんどうで人がいる時よりも圧倒的に広く見えた。


 僕にはこの時になって、やっと大変なことを引き受けてしまったことを自覚していた。


 うちの学校では教室の掃除は掃き掃除だけなのだが、それでも、全員分の机を動かして教室の床全体のゴミを集めなければいけない。クラスメイトの数の分ある机を全て一人で動かすという時点で、もう辛いのは確定だった。


 少しだけ後悔という気持ちが忍び寄って来る気配がする。けれどもう誰も教室には残っていないし、誰かが残っていたとしても、僕は恥ずかしくて声をかけれないから一緒のことだ。


「よし、頑張ろう」


そうして気合を入れたところまではよかった。けれどそこからはダメ。


 さっそく机を動かそうと歩き出してすぐ、手に持っていた箒を机に引っ掛けて落としてしまう。運動神経の悪い僕がその箒を踏まないように避けるなんてこともできるはずがなく、ばっちり箒を踏んで、挙句の果てには見事に足をぐねってバランスを崩し、仰向けに倒れそうになってしまった。


 これは転んだ! そう思った時には僕はきつく目を閉じていた。


 受け身をとるとか、頭を守るなんて咄嗟の判断力がない人間は、こうしてただ目を瞑るものなのだ。あとはただ、思ったよりも痛くない展開を願うだけ……。


 あまり痛くないようにお願いします。そう心で祈っていた僕は、いつまでたっても痛みがやってこないことに気が付いた。


 それどころか、床に強打するはずだった後頭部は、何か柔らかな感触に包まれているような気さえする。いや、後頭部だけじゃない、背中全体が柔らかいクッションにでも包まれているようだった。


 それはふわふわでムニュムニュで、まるで雲の上にいるかのような、夢みたいな心地よさ。あまりの気持ちよさに、僕は痛みを感じることなく天国に来てしまったのかと思って目を開けた。


「……あれ?」


なんてことはない。僕の視界に映るのは先ほどまでいた教室であり、全然天国ではなさそうだった。けれど体の背面は相変わらずの気持ちよさに包まれている。


 不思議に思った僕は振り返って、背後にあるものが何なのかを確認し――



 ――それが何かを理解すると同時に心臓が止まりかけた。


「ぁ、ぁぁ、ぁ……」


恐怖のあまり情けない声が漏れる。それでも恥ずかしさなんて感じない。それだけの緊急事態だった。


「……何してるの」


僕の後ろにあった柔らかいものは、人だった。もっと言えば女の子で、もっと正確にいえばクラスメイト。そしてもっと詳しく言えば、無口でクールで怖いとクラスで恐れられているギャルの和水さんが、間近で僕を見下ろしていたのだった。

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