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傷の手当をしてくれる和水さん④


 しゃがんでいる僕の目の前で、和水さんの脚がゆっくりと動き出した。


 組まれていた脚が、少しずつ左右に開いて行く。


 僕はその光景から目が離せない。


 一瞬たりとも見逃すまいと、瞬きすらしないように目を見開く。


 まるでスローモーションのような太ももの動きがじれったくて、思わず手を伸ばしてしまいたくなる。


 早く見たい。


 和水さんのパンツを早くみたい。


 脳がそんな下劣な思考に支配され、一気に自分の手で和水さんの太ももを押し開きたい衝動にかられた。


 でも我慢する。グッと拳を握りしめて、ゆっくりと開いて行くその様を見つめる。


 もう僕の心臓は思い切りダッシュをした時よりもうるさく脈打ち、血流が一気に早くなりすぎたせいで頭が痛くなっていた。


 ズキンズキンとした指すような痛みがあるけれど、それも興奮しすぎている今は苦にもならない。


 我慢して、グッと我慢して、そしてついに、僕は見た。


 和水さんのスカートの中の宝物。


 色は赤。面積の小さな布が太ももの間から顔を覗かせたのだ。


 その時、僕の興奮は最高潮に達していた。


 まるで身体全体が心臓になってしまったかと思うくらいに自分の鼓動がうるさい。頭もズキズキと痛んできているのに、それがまったく苦にならない。


 僕はそれだけ和水さんのパンツに集中していた。いや、執着していた。


 勝負は一瞬だ。和水さんがまた足を閉じてしまえば、童貞にとって何物にも代えがたい宝物はまた見えなくなってしまう。


 僕は少しでも和水さんのパンツを見続けるために、その脚が再び閉じてしまうまでの一瞬を精一杯目に焼き付けようと必死になっていた。




「……ぇ?」


そんなくだらない決意を固めていた僕が、思わず声を漏らしてしまったのは、目の前でまったく予想もしていなかったことが起きたからだった。


 僕は今の状況を、丁度和水さんが脚を組みなおしているタイミングだと思っていた。だからこそ、すぐにまた脚を組まれてしまう前に、少しでもパンツをこの目に焼き付けようとしていたのだ。


 それがどうだろう。今目の前で起きていることが僕には本当に信じられない。


 和水さんの脚は閉じるどころか、徐々に徐々に、そのまま開いて行ったのだ。



「ぁ、ぁ……」


初めはちょっと足を開いたくらいの間隔だった。それがどんどんと開かれていき、今はもうすっかりと大股開きだ。女性は身体が柔らかいということは知っていたけれど、和水さんの脚はもう平行になるほどに開脚していてる。


 太ももの奥にかろうじて見えていただけのパンツも、今ではすっかりと僕の目前にさらけ出されていた。


 その光景はまるで、僕に見せつけているようにすら思えて来る。



「まだ拾えないの?」


パンツに釘付けになっていた僕は、不意に机の上から聞こえてきた声で心臓が止まりそうになった。


 目と鼻の先に開かれた和水さんの股間に夢中になるあまり、自分がどんな状況にいるのかすっかりと忘れていたのだ。


 落とした書類を拾うだけ、本当ならもう立ち上がっていないとおかしいほど長い間、僕は机の下でしゃがみ続けている。


 もう当然書類も全て拾い終わっているし、ページ順にも整理した。だから本当ならもう立ち上がらないといけない。むしろ遅すぎるくらいだ。


 それは分かっているのに、それでも僕はその場から一歩も動けない。


 いや、動きたくない。


 今目の前にある光景を、和水さんのパンツをもっと目に焼き付けたい。


 欲望に理性が負けそうになる。当然だ。目の前で和水さんが大股を開いていたら、童貞の僕には抗いようがない。


 もし本当に、和水さんが僕にパンツを見せつけてくれているのだとしたら……そんな童貞の妄想のようなことが本当に起こっているのだとしたら、僕がこのまま和水さんのパンツを見ていても、許されるのではないだろうか……。



「……ま、まだ、です!」


欲望に理性が負けた瞬間だった。もう本来なら僕がしゃがんでいられる正当な理由は何一つない。


 和水さんがパンツを見せてくれているなんて、それがただの妄想でしかなかったとしたら、ずっとパンツを覗いている僕を和水さんは許さないかもしれない。


 それは想像してみるととても怖いことだった。


 普段無口で、いつも不機嫌そうに他人を寄せ付けない和水さん。この前も他クラスのイケメンたちのプライドを粉々にしていた。


 あの時の和水さんは素直に怖かったし、もし自分があんな扱いをされたらもう一生立ち直れない気がする。


 それでも僕は嘘をついてまで、和水さんのパンツを見続けることを選んでいた。


 ここまできたら、もう後戻りはできない。


 ゴクリッ、と生唾を飲み込んだ音がやけに大きく聞こえた。


 緊張し、それでも和水さんのパンツを凝視したまま、どういう反応が返って来るか、固唾をのんで待つ。


 少しの沈黙が場を支配したあと、それは不意にやってきた。


 何かが机の上から落ちてきたのだ。


 それは今和水さんと一緒になって作っていた冊子だった。


「ごめん、私も落としたからついでに拾ってくれる?」


続いて聞こえてきた和水さんの声。僕は言われた通りに冊子を拾おうとした。その時だった、


「また落としちゃった、それも拾っておいて」


目の前にまた一つ冊子が落ちて来る。いや、一つだけじゃない。何枚も、これまで一緒に作って来た冊子が一つずつ落ちて来る。


 そしてその度に和水さんが僕に拾うようにお願いしてくる。


 そんな奇妙な事が続いている間も、和水さんの股は開かれたままで、僕はパンツをこれでもかと見せつけられていた。


 童貞の妄想が現実味を帯びて来る。


 和水さんは、僕にしゃがんでいる理由を作ってくれて、そのうえで股を開き、僕にパンツを見せつけてきている。


 この奇妙な状況を説明するには、そう考えるのが一番自然で、それを意識した僕は鼻息を荒くしてパンツに魅入っていた。


 だからこそ、僕は注意を怠っていた――。



「……痛ッ」


冊子を拾おうとしていた手に鋭い痛みが走り、反射的に声が出た。


 痛みのする人差し指を見てみると一本の線が入っていて、見ているうちにどんどんと血が滲んできていた。


 パンツを見ることに夢中になるあまり紙で切ってしまったらしい。書類をまったくみずに集めていた不注意のせいだろう。どうやら深めにいってしまったようで、血が垂れてしまいそうなほど溢れて来た。


「どうしたの?」

「うわぁあ!?」


和水さんが机の下を覗き込んできて、僕は慌てて尻もちをついた。


「大変、血が出てる!」


僕はパンツを覗いていたことを怒られると思った。けれど和水さんはそんなことはまるで気にしていないかのように詰め寄ってきて、血がしたたる僕の手を掴んだのだ。


「……手当してあげる」

「あ、え、え?」


僕は何も言えなかった。僕の見ている目の前で、和水さんが僕の指を口にくわえてしまったからだ。


 あの和水さんが、僕の指を舐めてくれている。


 目の前で起きていることが僕にはとても信じられなかった。


 こんなこと、普通なら絶対にしてくれない。いったい誰ならやってくれるだろう。小さい子供なら、親がしてくれるだろう。イケメンなら彼女がしてくれるかもしれない。


 でも僕は小さな子供でもイケメンでもどちらでもない。チビでガリガリで、底辺にいるような男子高生だ。それなのに、和水さんはそんな僕なんかの指を舐めてくれている。


 普通じゃない。


「な、和水さん! なんでこんなこと」


震えた声で問いかけると、和水さんは僕の指をくわえたまま視線だけを向けて来た。その間も僕の指は彼女の口の中。ネトネトとした唾液の感触と、ぬるぬると動く舌の感触が絶えず指から伝わって来る。


「血、血が、汚いですよ!」


僕はもう必死で叫んだ。頭がどうにかなりそうだったからだ。


「……ん、傷の消毒してるだけ、大人しくしてて」


 一瞬指を離してくれた和水さんは、それだけを言うとまたすぐに僕の指をくわえてしまった。


 僕は自分の指が和水さんの中に入って行くのをただ見ていることしかできない。


 僕は和水さんが最近構ってくれている理由は、たんに揶揄われているだけだと思っていた。けれど、今ではそうじゃないと確信を持って言える。


 揶揄っているだけなら、絶対にこんなことはしない。


 それだけのために、僕なんかの指をこんなにもねっとりと、吸い付くように何度も何度も、舌で転がすように舐めたりなんてしない。


 ジュルッと血をすする音がする。


 和水さんの舌が僕の指を這いまわる感触で頭が痺れそうになる。


 いや、実際に僕は痺れていた。もう身体に力が入らない。自分の身体を支えることすら出来なくなって和水さんの胸によりかかってしまう。


 それでも和水さんは僕を胸で受け止めたまま指を舐め続ける。僕がどんなに息を荒くしていても、僕がどんなに身体を痙攣させていてもやめてくれない。


 頭を上下に振って、丹念にじっとりと僕の指を舐め回す。


 今も僕の血液が、僕の体液が、和水さんの中に取り込まれていく。


 和水さんの中に、僕が入っていく。


 それを意識してしまった僕は、もうキャパシティの限界を迎えてしまった。


 のぼせてしまって、もう何もできないし考えられない。


 唯一できることは、和水さんの胸に寄りかかってただ僕の指をくわえる彼女を見ているだけ。僕の指をしゃぶる煽情的な和水さんの姿を、僕は瞬きを忘れて涙が出るまで食い入るように見つめていた。


 クラスメイトの女の子が僕の指をしゃぶっているとい、あまりにも非現実的な光景。


 この時僕は、伊刈さんを連れて行ってしまった先輩から言われたことなんてもう何も覚えていなかった。


 指の傷と心の傷、和水さんはそのどちらも手当をしてくれたのかもしれないと思った。

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