傷の手当をしてくれる和水さん②
「なにしてるの?」
プルンッと揺れた胸が喋った。
「わ、すごい」
「……何が?」
胸が喋ったというのはまぁ冗談で、けれど目の前で特大の胸が揺れる様は壮観だった。
僕くらいのレベルになると、胸しか見えなくてもその持ち主が誰かはすぐに分かる。これも日頃からの訓練のたまものだ。自慢ではないけれど、それくらい僕は胸ばかり見ている。
揺れる胸を見て瞬時に目が反応するのは、男としてのレベルが高くないと簡単にできることじゃない――
――嘘だ。
ただ僕が童貞でスケベなだけで、胸の大きい人をつい目で追いかけてしまうだけの変態だからだ。
本当に申し訳ございません。僕は目の前にある大きな胸に向かって頭を下げた。
「だから何してるの?」
「あ、はい、すみません」
上を見上げれば胸の持ち主の顔が見える。持ち主はもちろん和水さんだった。こんなに大きな胸をしている人はクラスには和水さん一人だ。それだけは自信を持って宣言できる。
普段は無口で人を寄せ付けない孤高のギャル。そんな和水さんがいつの間にか僕の目の前にいて、今日もまた声をかけてくれていた。
最近、和水さんは不意に僕の前に現れる。まさに神出鬼没だ。ある時は掃除を手伝ってくれ、またある時は危ないところを助けてくれた。
僕が一人でいるとどこからともなく現れる和水さん。今日も少し前までこの教室にはいなかったはずだ。
伊刈さんたちが帰ってから、この教室にいたのは確かに僕だけだった。それから僕が目をつぶっていた数分の間に、和水さんはどこからかやって来たことになる。
「別にたまたま教室に戻ってきただけだし」
「和水さん、僕まだ何も聞いてません」
考えていたことを先読みされて困る。和水さんはエスパーかもしれない。
「それより、何してたのか聞いてるんだけど?」
強引な方向転換のような気もしたけれど、それには素直にのっておくことにする。何故なら僕はジェントルマンだから、女の子のプライベートを細かく聞くなんて野暮なことはしないからだ。
「えっと、書類作成をしてました。近々会議で使うらしくて」
「一人で?」
「今はそうですね。さっきまでは伊刈さんがいたんですけど」
「あのチビ何で帰っていったの?」
「あ、見てたんですか?」
「……見てない」
「え、でも今」
「いないから帰ったと思っただけだし、それで、何で帰ったの?」
「そ、そうですか。えっと、伊刈さんは先輩? らしき男の人と用事があるそうで」
「……クソビッチ〇ね」
「ひぇ」
やっぱり和水さんは伊刈さんの話しをすると般若のような顔になる。正直和水さんの前では伊刈さんの話しはしたくない。
「で、まだやる事残ってるわけ?」
「えっと、この書類をページ順に重ねて、まとめて全部冊子にすれば終わりです」
「ふ~ん、結構な量あるじゃん」
「まぁ、それでもいつかは終わりますから」
そう、いつかは終わる。伊刈さんと二人でやった方が早いのは確実だけど一人でやっても時間をかければ終わることに変わりはない。
非モテで陰キャの僕には放課後に予定なんてないし、伊刈さんのために時間を使えてむしろ有意義なくらいだ。
なんて考えながら僕はチラリと和水さんを見る。
ばっちりと目があった。
「……どうしたの?」
「あ、いえ、なんといいますか、えっと」
挙動不審になっている僕が何を考えていたかというと、単純に和水さんが手伝ってくれるかもと少し期待していたわけだ。
最近、僕にとっては都合よく最高のタイミングでやってきてくれる和水さん。今日もまさに今が最高のタイミングで、どうしても期待してしまうのは仕方ないだろう。そんな僕の薄汚れた心が見えたのか、和水さんはニヤリと不敵に笑った。
「もしかして……手伝ってほしいの?」
やっぱり和水さんは本当にエスパーかもしれない。嫌らしい笑みを浮かべて、彼女は僕を見下ろしている。
「あ、いえ、そういうわけでは」
「ふ~ん……じゃ帰ろうかなぁ」
「えぇえ!?」
予想外の返答に思わず声を上げてしまった。
だって、いつもならここで和水さんから「手伝ってあげる」と言ってもらえるはずだったのに。どうして今日に限って帰ってしまうだなんて言うのだろうか。
慌てる僕を見て和水さんはニヤニヤと笑っている。
しかもそのまま僕の傍を通りすぎて行ってしまいそうになり……僕はとっさに彼女の制服のすそを掴んでいた。
「ふふ、どうしたの?」
「あ、すみません」
「謝るだけなら、離してくれる?」
「えっと、それだけじゃなくて、ですね」
「なぁに? 私に言いたいことでもあるの?」
本当は手伝ってほしいと言いたい。けれどそれは図々しいような気もして言いずらい。いつまでも迷っている僕の耳元で和水さんが囁いた。
「ちゃんとお願いできる? ほら、頑張って」
まるで小さな子供に言い聞かせるような口調。実際に僕と和水さんの身長差だとそう見えるかもしれないけれど、僕と和水さんはこれでも同級生だ。
それなのに、こんな子供みたいな扱いをされて僕は、僕は……。
「ぁ、ぁの……僕を手伝ってください、お願いします」
「ふふ、よくできました」
僕は和水さんにならこども扱いされてもいいと思った。
むしろ頭を撫でられながら褒められて、子供扱いされることにゾクゾクとした快感すら覚える。
「お願いできてえらいね。頑張ったね」
「ぁ、ぁあ、ありがとう、ございます」
頭を撫でてくれる温かい手。僕を見守ってくれる優しさにあふれた笑顔。母性の象徴たる大きな胸。和水さんの全てに僕は凄まじい包容力を感じた。
まるで自分が本当の子供に、いや、もっともっと幼児退行して、赤ちゃんにまで戻ってしまったような気分になっていた。
続きは明日投稿します。




