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お昼を一緒に食べてくれる和水さん①


 ご褒美。その言葉を聞いて思い浮かべることは、人によって様々だと思う。


 個人個人の趣味趣向に左右され、同じ人物でも時と場合でまったく違うものを思い浮かべるかもしれない。


 何か欲しい物がある時は、きっとそれを思い浮かべるだろうし、どこかに行きたいと考えている時なら、その場所への旅行なんかも思い浮かぶだろう。あるいは、単純に好きな食事なんかも多くの人が思い描きそうだ。


 そんな、ご褒美という言葉を聞いて、僕が真っ先に思い浮かべたことはといえば……とてもじゃないけれど、口には出すことが出来ない。


 最低だと思われても仕方ないことだと思う。けれど、あの時の状況になれば誰だって僕と同じような事を想像してしまうはずなのだ。決して僕が童貞だからというだけではなく、あくまでも和水さんの魅力による影響のはずだ。


 僕が変態なことを人のせいにしているわけではない。だって、あの胸の感触を味わったら本当に仕方ないってみんなが言うと思う。


 背中に押し付けられた胸の感触は今でも思い出せる。本当に柔らかくて、それでいて存在感を感じさせる重量があった。


 もう虜だ。僕はあの時から、しばらくは和水さんの胸のことしか考えられない頭になってしまったくらいだ。


 それくらいの破壊力があるもので、だからこそご褒美と聞いた僕が口には出せないような想像をしてしまったのは自然の摂理であり、きっと誰だってそうなったはず。


 ……という言い訳はここまでにして、僕は今、実際に和水さんからのご褒美をもらっていた。


 もちろん僕が想像していたようなことではない。けれど僕のくだらない妄想と比べても負けず劣らずの最高のご褒美だ。


 今僕は和水さんと二人きりで、人気のない中庭に来ていた。時間は昼休み。


 一つだけ設置してあるベンチに和水さんと並んで座っている。ここまで説明すれば、ご褒美が何かは分かるはずだ。僕は和水さんと二人きりのこのシチュエーションに少なくない緊張を感じていた。


「……ねぇ」


普段教室にいる時は、無口で眉間に皺を寄せて他人を寄せ付けない怖いオーラをまとっている孤高のギャルである和水さんが、今は僕にニヤニヤとした視線を向けてくる。


「は、はい。どうしました?」

「こっちのセリフなんだけど、どうしたの? 挙動不審だよ?」

「そ、そんなことないですよ! 僕はいたって普通ですから」

「ふ~ん、ま、別にいいけど」


まるでなめまわすような和水さんの視線にタジタジになってしまう。口では必死に否定したけれど、きっと今の僕はどこからどう見ても挙動不審なのだろう。


 けれどそれも仕方ないこと。だって非モテで童貞の僕は、当然のようにこんなシチュエーションを体験したことはないのだから。


 夢に見たことはある。けれど現実では皆無だ。そんなチャンスすらまったくなかった。


 というよりも、僕は生きている間に現実で経験することはないと思っていた。だから夢に見れた時は泣いて喜んだこともある。それくらい貴重なシチュエーション。


 僕はこれから、女の子と、和水さんと二人きりでお昼を食べようとしているのだ。


 どうしてこんな夢のような事が現実で起こっているのかというと、事の発端は数学の宿題が出された事に起因している。


 致命的に数学が苦手な僕は宿題に手こずっていて、どんなに頑張ってみても一問も解けない状況に追い込まれていた。頭悪すぎだと思われるかもしれないけれど、本当に数学が苦手でどうしようもなかった。


 そんな僕を助けてくれたのが和水さんだった。まったくダメダメの僕に、和水さんは遅くまで付き合ってくれて、僕が全ての問題を正解するまでみっちりと付き添って教えてくれたていた。


 本当にみっちりとくっついてくれた和水さんのおかげで、僕はいろいろな感触が気になって逆に集中できなくなってしまったけれど、そんな僕のやる気を引き出すために和水さんは、全問正解でご褒美を約束してくれたのだった。


 奮起した僕は、自分の妄想に負けそうになりながらも、なんとか全問正解を成し遂げ、そして今ご褒美を得ているというわけだ。


「じゃあ食べよ」

「は、はい!」


和水さんに答えつつ、僕は密かに自分の太ももをつねってみた。


 ……間違いなく痛い。これは現実だ。


 そんなバカなことをしてしまうくらいには、今自分がおかれている状況が信じられない。


 人気のない中庭で、美少女ギャルと二人きり。しかも一緒にランチを食べようとしている。


 普段の僕にとって、お昼はそれなりにキツイ部類の時間に入る。一緒にお昼を食べてくれる相手がいない場合、この長い休み時間は授業中のように進む時間が遅くなる。


 だから今までずっとお一人様だった僕にとって、この状況は天変地異でも起きたようなものだった。


 誰かと一緒のお昼。しかも男の友達とすら食べたことのない僕が、いきなり女の子と二人きりだなんて出来過ぎていて、むしろ少し怖い。


「ていうか、お昼それだけなの?」


僕が自分の幸福さを実感していると、和水さんが微妙な表情でそう聞いてきた。


 あの和水さんの表情は、一体どういう感情を表しているのだろうか。引いているような、呆れているような、もしくは心配しているような……。


 最後のはただの願望で、絶対にありえないにしろ、和水さんは僕が持っているコンビニのおにぎりを見て何か思うところがあるようだった。


「はい、一応は」

「それで足りるの?」

「まぁなんとか。いつもおにぎりだけですけど、今までお腹鳴ったりしたことはないので」

「……ふ~ん」


興味があるのかないのかよく分からない返事が返って来る。そんな和水さんのお昼は、ちゃんとしたお弁当箱だった。


 こう言ってはなんだけど、僕には少し意外に感じた。勝手な想像だけど、和水さんも僕と同じで、適当に買ったもので済ませているタイプだと思っていたからだ。


 けれど実際には、和水さんとはギャップのある可愛らしいお弁当箱を持って来ていて、さらに中身もこれまた可愛らしく彩られていた。


 お肉と野菜のバランスも良さそうだし、見た目を意識したおかずの配置にもこだわりがあって美味しそうに見える。ウィンナーもしっかりタコさんになっていて、細かいところまで手を入れているような印象だ。


 作ったのが和水さん本人か、ご家族の誰かなのかは分からなかったけれど、どちらにしてもお弁当を作った人は結構な手間をかけたのだろうということが分かる出来だった。


 和水さんが可愛らしいお弁当を食べ始めて、僕も自分の鮭おにぎりを食べることにした。


 いつもなら数口で食べてしまう。時間にしたら3分もかからないかもしれない。


 ただ、今日はそんな食べ方はしない。


 この夢のような時間をたったの3分で終わらせてしまう訳には行かないからだ。


 女の子と二人きりでお昼を食べられる機会なんて、非モテの僕にはたぶんもう一生やってこない。


 例えきっかけが和水さんの気まぐれだとしても、僕にとってはかなり貴重な時間。それをすぐに終わらせてしまうなんてとんでもない。


 少しでもこの夢のような時間を長引かせるために、僕はチビチビと一口数粒くらいを意識しておにぎりを食べることにした。


「何その食べ方?」


まぁ傍からは変に見えることは分かっていたけれど、案の定すぐ和水さんに突っ込まれてしまった。


「いえ、貴重な食糧ですから、自分、いつもこうして大切に食べてるんで」


長引かせるためだなんて正直には言えないから適当に言い訳してみた。


「足りないならお弁当作ってもらえばいいじゃん」

「それは、うちの親忙しくて、自分でなんとかしろって言われてまして」


これは本当のこと。うちの親はめったに家に帰って来ない。


「自分で作ったりは……無理か」

「はい、お察しの通りです」


肩をすくめてみせると、なんだか和水さんから哀れみの目をむけられてしまった。


 同情ではなくご飯をください……なんていうつもりはない。


 そもそも、今は時間を引き延ばすためにわざとチビチビと食べているだけであって、本当はこれで足りているから別に必要ないのだ。


 だから、僕は和水さんがそんなことを言ってくれるなんて、まるで想像していなかった。



「私のお弁当、食べてもいいよ」

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