プロローグ
冒険者という仕事は地に堕ちた。
勇者を名乗る冒険者が魔国の王の暗殺未遂という狼藉を働いたからだ。
彼は親善の席で魔族の宝を盗み、そして世界に災いが人間世界に降り注いだ。
各国の優秀な魔導師はその封印に尽力したが多くが息耐え、その研究を継ぐ者もほとんどがいなくなった。
◆
王国の端にある古びた館には、ふたつの人影がいた。
コソコソとしているあたり、どうにも招かれた客ではあるまい。
その身には見るからに安物の武器、防具を纏い、松明を手に暗がりを進む。側から見ればチンピラの徒党そのものであった。
何より、館の中はどこもかしこも埃をかぶってかび臭い。
「ほんとにいいのかよ。」
大柄の男がコソコソと問う。
「な〜に言ってやがる。こちとらしみったれた冒険者様だ。国の連中の許可なぞ知ったことかい。
小男が答え、「嫌なら帰んな」とでも言いたげに振り返って鼻を鳴らす。
ともあれここは特別な場所のようだ。
「で、でもここは王国が禁足域に指定してる場所だろう?戻るなら早い方が…。」
小男の方は松明をもちながらぼやく。
「昔はその辺の融通も効いたみたいだけどな。なにせこのご時世、王様貴族連中はみーんなビビって自領にひきこもっちまってる。
自国の警備も未開の地の探索も、いまや兵隊でまかなってて俺らなんぞ、そのおこぼれにあやかるのがやっとじゃねぇか。
どぶさらいに人探しペット探し、畑仕事に兵士どもの使いっ走り、チャンスがあるとしても十数年に一度の竜の繁殖期に、功績を立てようってんじゃあ割りにも合わねえしよ。命のかけ甲斐もねぇったら。」
今は冒険者が時代の花形から転落し早100と何年かが経っている。
誰でもなれて一攫千金も狙えたのも今や昔。
そもそも誰でもなれるということは、それだけあらくれであったり、脛に傷があったり食いっぱぐれた者達が集まりやすいということでもある。
以前はそのあたりもしっかりしていたようだが今となっては面影もない。
腕に覚えがある者は国籍を得て国属の兵士となるか、貴族の目に留まり騎士として宮仕えをした方が賢明であり、実際そのほうが幾分以上安定している。
何より、昨今はびこる魔障の影響か国同士の争いもあまりなく、そう言った意味でも気楽な仕事であった。
しかし、全員が全員そうなれるわけでもなく競争率の高さゆえ、落ちこぼれる者の方が多いのだ。
いっそ魔族と一波乱あればと良からぬ妄想をする者もいるだろうが。
そもそも魔族は魔力の薄いところでは生きられず、わざわざ海で隔たれた人間側の大陸にまで攻め込むメリットは無く、興味本位でやって来るというのも昔はともかく今は無い。まして彼らは人間よりも長命な種族がほとんどで、100年前などそれこそついこの間のようなもの。
警戒が薄れているわけがない。
魔力で動くカラクリもその源は魔結晶が必要となり、それは交易によって人類側に得られる品でもあったが断交状態である昨今貴重な品。
要するに多くの魔道具は、いまやそのほとんどが単なるガラクタと化していた。
だからこそ、彼らはこういった古くひなびた辺境の館には未だ使えるような魔道具か、もしくは魔結晶があるかもしれないと期待があったのだ。
それが便利なものであればかっぱらうもよし、そうでなくとも高く売れればそれでよし。
一杯ひっかけ、安宿に泊まればそれだけで終わるようなケチな仕事とはわけが違うのだ。
屋敷の部屋をひとつひとつしらみ潰しに漁り続け、とうとう一番奥の立派な扉の前に辿り着く。
「さあ頼むぜお宝ちゃん。」
「な、なんかヤバそうな気配がぷんぷんしねぇか?」
「バカ、だからいいんだろうが。ヤバそうだから誰も近寄らない。誰も近寄らないから中のお宝も無事ってこったろ?」
でも…と続ける相棒に、小柄な男はため息をつく。
ツカツカと前に進み、埃を払い、扉に手をかけ、そしてそれを今、開けた。
そんな二人が最後に聞いたのは
「誰ぞ?我が禁域を侵せし愚者は。」
という、ナニカの言葉であった。