村を出発
次の日、テオと待ち合わせている馬車の乗り場に日課の素振りと剣の手入れを終えて向かった。
馬車乗り場では、テオが一台の馬車にギルド長が準備したと思われる荷物を載せているところだった。
「ロロネさん、おはようございます!」
「おはよう、テオ。」
「もう荷物を運び終えるので、お待ちください!」
そんな会話をしているとギルド長が御者を連れてやってきた。
「もう出発できそうじゃのう」
「準備ができ次第向かう予定だ」
「それは重畳。だが、少し寄り道を頼みたいのじゃ」
ギルド長はそう言って横に控えていた男を紹介し始めた。
「この方に今回、馬車を出しててもらうことになった。
聖教の僧侶じゃが冒険者稼業に寛大なお方で、王都の道中にある町まで、教会の視察についてくれる護衛を探しておられた。
そこで、ちょうど王都に向かうお前たちの依頼があったから一石二鳥じゃと思ってな。」
なるほど、ギルド長は馬車代をケチった上に厄介な聖教の僧侶も押し付けてきたわけだ。
聖教は、この世界で最も広く信仰されている宗教だ。
世界には様々な神が信仰されているが、最初にこの世界を創造したとされる最高神のみを神として認め、崇拝し、厳格な規律を守れば天国にいけるとかそんな内容の宗教だ。
普通の聖教の僧侶は清廉で質素な装いの筈なんだが、そんな彼の格好はとても奇抜だった。
細身で高身長で俺よりも頭一つ背が高い。
漆黒の瞳に、白と黒の斑模様の髪。
だらしなく着崩した赤と紫のカラフルな法衣。
腰にはひょうたんがついているが、ほのかに香る香りから果実酒なのは間違いないだろう。
怪しい存在なのは間違いない。
そんな疑念が顔に出ていたのに気づいたのだろう、ここまで無言だった彼が口を開いた。
「お初にお目にかかり恐悦至極!
拙僧は王都の聖教教会で僧侶をしておりました。ドウキョウと申すもの。
見ての通り、僧侶の中では落伍者ではありますが神の御心でこの世界に生を受けた者同士、共に寄り合い、旅をするのも道理というものでしょう!
冒険の話を肴に酒をのみ交わすのを楽しみにしております。」
そういってぬふぬふと笑い始めた。
「ずいぶん、気さくな方ですね…」
テオはこう言うが、気さくどころか変人だ。
通常の聖教の僧侶はお堅い言葉遣いと人々の規範となる品のある立ち振る舞いが求められる。
僧侶であることを詐称した場合の刑罰は重いので、よほどの破滅主義者でない限り僧侶の身分を語ることはしない。
だから信じられないことに、彼は聖教の僧侶なのだろう。
「浮いた馬車代の分は依頼料に色を付けておいた。王都で冒険者として名をあげるのもよかろうて」
それなりの重さの効果が入った袋を投げて渡してきた。
驚いたことにギルド長は俺たちがこの村出て、王都で冒険者をすることを歓迎しているようだった。
「何を驚くことがあるんじゃ。冒険者なら一度くらい王都に行かないと英雄になれんぞい」
そう言ってニヤニヤしている。
このじじい、俺が子供のころに村で英雄ごっこしているのをいまだに掘り返してくる。
人生2度目だからと言って、人は黒歴史を作らないわけではない。
「…出発する。達者でな」
「ああ、英雄になるまで帰って来んでええぞい」
そういって笑って送ってくれた。
こうして、俺はこの村を出ることになった。
「そういえば、ドウキョウさんはどうして王都の教会を離れて視察に行くことになったんですか?」
「ぬふふふふ。
拙僧の部屋から禁止されている酒が見つかったとかで、とばっちりを食らいましてねぇ。
ほとぼりが冷めるまで、こうして気になった教会の視察をして回っているところです。」
「いや…今酒飲んでるじゃないですか!」
今は俺が馬を操っている馬車だが、つい先ほどテオと交代してもらった。
黙っているとあの僧侶がずっと話しかけてきて読書も睡眠もとれないので、正直馬を操っていたほうがマシというものだ。
基本俺は話すのが得意ではなく、テオのほうが適任という気持ちもあった。
そんなことを考えていると、前方の茂みからゴブリンが飛び出してきた。
「テオ、ゴブリンが5匹だ!」
「了解です!」
残像しか見えない速度で飛び出したテオが、すさまじい威力でゴブリンを粉砕している。
彼の中では、疲れを残さないようにほどほどで力を出しているらしいが、もはや全力かどうか俺では違いが判らない。
「いやー、テオ殿の身体能力はすごいですねぇ!」
「…ドウキョウ様は神力で戦われたりしないのですか?」
聖教の僧侶は、神力という後天的に不思議な術を授かる。
テオの祝福のこともあるし、戦力として使えるなら使いたいところだ。
…俺は、ゴブリンと戦うと死ぬ可能性があるし…。
「ドウキョウと呼び捨てでよいのに…。
拙僧の神力は、【説法をする時、2人きりになれる】というものなのです。
と言っても無理やりいうことを聞かせることはできないし、ただお話の場を作ることができるだけなので、戦闘向きではないのですよ。
いやーお力になれず残念、ほんとぉーに残念ですぞぉー!」
嬉しそうに戦力外であることを申告された。
能力がなんというかねちねちしていて、ストーカー気質を感じる。
話に聞く、大病を治すとか海を割るとかではないから大したことがないが。
「ロロネさん!ゴブリン倒しましたよ!」
「よくやってくれた。テオ」
「テオ殿がいればどんな魔獣が来てもあんしんですな!」
倒したというか粉みじんといった惨状が眼前に広がっているが、そんなことはもう突っ込まない。
今日はテオが頑張ってくれた。
テオの体が心配(彼が倒れたらこの僧侶と二人で仲良く魔獣の腹の中だ)だし、このあたりで野宿をすることにする。
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