手紙
梅雨の中休みとも思える、よく晴れた日…。
少し湿気を帯びた柔らかい風が吹く。
白い枠組みの大きな窓の外には、昨日までの雨露が光に反射し、キラキラと緑が揺れる。
―今日は…ジューンブライド、私の結婚式だ―
ウエディングドレスに包まれ、式が始まるまで待っている。
そんな、ポッカリ空いた時間…色々な事を思い出す。
この姿を一番見せたかった母はもう居ない。
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母と父の馴れ初めは、一回コッキリの模擬挙式のバイトだったそうだ。
その後、仕事でばったり遭遇し、縁あって結婚に至った。
父と母は面白い。
見た目とは裏腹に母の方が男っぽく、父が女性的だ。
勿論、『性格的に』という事なんだけど。
掃除や物事に対して細かい父は、私の生活態度や恋愛事情にもかなり干渉してくる。面倒見がよいからなのだけど、ちょっと鬱陶しい時がある。しかも、テレビで感動的な場面を観ると、涙ポロポロこぼしてるし。
対して母は、無頓着…。子供や家事に無関心ではなく、相当に大雑把なのだ。そのくせ、仕事は手を抜かず器用で機械などにも強い。
「ホコリじゃ死なないしぃ〜」
「ちょっと味付け間違えたけど、胃に入ったら一緒よ。」
「ちょっとした親への反抗期なんて、私達だってあったじゃない。成長過程だから〜。」
「彼氏出来たのに隠すって?私も親には内緒だったし。」
「ソファーで寝落ち?私もよくやってたし、風邪ひいたら自己責任だから。」
てな、具合だった。
よく喧嘩にならないのか不思議だった。
小さな頃から怒鳴られたりした事ない。
私が癇癪起こしたらその場では叱らず、落ち着いた寝る前とかにゆっくりと、何故それがダメだったのか納得するまで話してくれた。
そんな母は、人に対しての悪口で、「死ね」とかそれに近い言葉だけは許さなかった。その言葉は絶対に軽はずみで出してはいけないと言っていた。
本当に、大切な人が居なくなる時にその言葉の重みが解るはずと教えてくれたのだ。
ある日、部屋を片付けていた時に、母が独身時代から父と愛犬の写真を入れていた写真立てが出てきた。
せっかくだから中身を、家族写真に取り替えようとした。
「きゃー!ダメダメ、開けないでっ」
「なんで?家族写真のが良くない?」
「違うの!実はね、その写真の裏には結婚したばかりの時にパパに宛てたメッセージが入ってるの。」
照れながら教えてくれた。
「何かあって先に自分が死んじゃったら、パパはママが幸せだったか疑問に思ったり、悲しんだりするかもしれないでしょ?その時に、これを見つけてくれたらパパの心が軽くなるんじゃないかと思って。ママは長女で跡取りだったのに、お嫁にきたからね。」
パパはマッチョで強そうなのにメンタル弱めだから…と。笑っていた。
母は逆に超ポジティブで、全くウジウジしないし天然だ。
「今日ね、『見た目超女子力高いのに、中身は武士だよねっ!』て言われちゃったー!落ち武者って、ショックなんだけど…。」
落ち武者…。なぜそうなる?
どうやら武士と言われて、何故だか落ち武者の姿を想像したらしい。
性格が武士とは、言い得て妙だが。
そんな母が、突然逝ってしまった。
彼氏を紹介して、団らんを楽しんだ後の事だった。
父も私もショックで、泣いた…。
そんな時に先に癌で亡くなった母方のおばあちゃんの言葉を思い出した。
『人は皆んないつかは死ぬの。でも、また生まれ変わるんだよ。だって、優しい良い人や頑張った人が早く逝ってしまうのはおかしいでしょ?だから、また次の人生が待ってるの。お葬式はちょっと早いお誕生日会だと思って、泣かないでいいんだからね。』
そんな、おばあちゃんに育てられた母は悲しむ事は無いと言うだろう。
そうして、父と私は悲しみを乗り越えた。
母は、きっと何処かで生まれ変わって、元気に人生を謳歌しているに違いない。
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今日は、最後に父への手紙を読む。
昔、母と企んだのだ。
題して私の結婚式で『パパを泣かすぞ大作戦!』を。
私を育ててくれた父と母への想いを、しっかり伝えよう。
そして、いつか母の写真のメッセージがある事を教えてあげよう。
トントンっと、ノックがして介添えさんがやって来た。
「お時間になりました。」
よし、父と歩くバージンロードへ向かおう!
その時、開いた窓からひゅうっと優しい風が吹いた。
―さあ、頑張ってパパを感動で泣かしてらっしゃい―
そんな声が聞こえた気がした。