レプリカ・ビター
レプリカ・ビター
冷たく甘いアイスクリーム、綺麗なカップケーキ、包み紙が惑わす魅惑のチョコレート。
「えーと……うー……」
「迷うなら全部食えば?」
「シェルディナード先輩は黙ってて下さい」
(いくら食べても太らないとか、先輩は乙女の敵です)
学園からの帰り道、夕闇大通りの中程に店を構えるスイーツショップのショーウィンドウで、ミウは隣から聴こえた悪魔の囁きに毅然とそう返した。
『試験勉強頑張ってるじゃん。たまには甘いもんでも食べて帰ろうぜ』
そのシェルディナードの提案に嬉々として頷き、現在に至るのだが。
(ああ、あのケーキも可愛いっ)
何とも罪作りな菓子達のことよ。
どれもが違ってどれも良い。
「シェルディナード先輩は決めたんですか?」
「うん。小腹も空いてるし、とりあえず全部?」
何でそれでとりあえず全部ってなるんですかね? というかそろそろ殺意が湧く。
ミウがシェルディナードへの殺意とスイーツの誘惑の板挟みになっているのを眺め、シェルディナードはクスクスと笑ってミウの頭を軽く撫でる。
「とりあえずそんな張り付いてっと目立つし、中入って席で悩めって」
「あ。はーい」
店内に入るとスイーツ達が輝きを増すショーケースと品の良い内装が出迎えてくれる。クラシカルな制服に身を包んだ女性店員が持ち帰りか店内かを聞いて、それぞれのお客様をご案内。
イートインは二階になっていて、階段を上がると通りが見えるテラス席と店内席に分かれている。
今回は量もあるのでテラス席ではなく、ガラス一枚隔てた店内席。それでも、少し肌寒くなってきたからかテラス席には人が居らず、薄紅から夕闇の紺へ変わる空と、通りを満たす灯りが充分見えて綺麗だ。
「…………うぅ」
「ミウ」
「うー」
「ミウ」
「何ですか? シェルディナード先輩」
「決まらねーなら、とりあえず俺は全部頼むから、味見して食いたいの決めれば?」
「!」
なんとその手が! と顔を明るくするミウに、シェルディナードだけでなく注文を取りに来ていた店員の女性までもが微笑ましいというように笑った。
「あ、う……」
しかし他人は微笑ましくても本人は恥ずかしい。ミウは視線をさ迷わせ、お冷やを飲んで誤魔化す。
程なくして全メニューがワゴンで運ばれてくる。
「うわぁ」
きらきら輝いて見えるほど、どれも見掛けからして美味しそう。
「ほら。味見」
ひょいとケーキを一口分フォークで刺して、そのままシェルディナードはミウの口許に近づける。
はむっと何も考えずにそれを口にして、美味しさに頬を緩めるミウ。
「美味い?」
「はい!」
「んじゃ、こっちも」
親鳥が雛に食べ物を与えるように甲斐甲斐しく、シェルディナードはミウの口にスイーツを運ぶ。どうみてもはたから見ればバカップル(死語)である。
一口づつだとわかりにくいが、塵も積もれば……。
カロリーは着実に蓄積していくのだが、当人だけがそれに気づかない。
(美味しー!)
上機嫌で全種類を一口づつ食すミウがその事に気づけるのは、家で体重計という現実を直視した時なのかも知れない。世の中、知らない方が幸せな事も存在する。
「そういえば、サラ先輩て昔からあんなに少食なんですか?」
「んー? そだな。昔からあんま食べねーな」
「よくもちますよね」
「サラ、食うんなら寝てたいっていつも言ってるからなー」
それでも、と。会話の合間にスイーツを雛に運ぶ親鳥。
「最近はミウに構って起きてる事も多いし、少し食べる量も増えた。良い感じじゃねーかな」
本当に寝たい、寝なければいけない時は寝ているが、今までとりあえず寝とこうという暇な時間は減ったとシェルディナードは言う。
と、そこであれだけ大量にあったはずのスイーツ全てを綺麗に片付け、お茶のカップに口を付けたシェルディナードが悪戯っぽく笑った。
「ところでミウ。一つアドバイスすっと、俺の時はいいけど」
「はい?」
同じくお茶に口をつけようとしていたミウが、キョトンとした顔でシェルディナードを見る。
「彼氏といる時、他の男の話するとモテねーぞ」
気をつけろよー? なんてシェルディナードは首を傾けて見せた。
(あ、れ? な、なな、なん!?)
じわじわ首から熱が上がってきて、顔が赤くなっていく。
(いやいやいや。何言ってるのこの先輩!)
確かにサラは男だ。どれだけ外見美少女でも性別は変わらない。だが、今ミウの顔を赤く染めている単語は……。
「どうした? ミウ」
「な、何でも無いです!」
(うぅ……。でも)
ミウはちらりとシェルディナードを見て、後悔した。
「え。なに。ほんとどうした?」
ミウがいきなりテーブルに突っ伏した事に、シェルディナードが怪訝そうな声を出す。
(うあ……もう、この先輩、サラ先輩とは違う意味でいやぁぁぁぁぁぁぁ!)
元々の造作が、とかはさておいても、好意しか見当たらない優しい顔と瞳で見られたら何だか血迷いそうになる。
(もう顔と雰囲気がセクハラだこの先輩っ!!)
ミウは自分でも八つ当たりだとわかる事を思いつつ、頭の上に「?」を浮かべるシェルディナードを恨めしげに睨む。
(彼氏とか、言わないで欲しい)
たとえ仮でも、解消されるのが決まっているものだとしても、今はそうだと意識してしまうと、居たたまれない。
同時に、その言い方が小さく心に傷を作る。
(シェルディナード先輩以外……)
言われた『俺の時はいいけど、彼氏といる時』は、いつかこうして向き合う相手は別の、誰かだと、言われているみたいで。
それが少し。ほんの少し、本当に小さく、痛むから。
甘いスイーツと、少しの苦み。
ミウは少しだけほろ苦い何かを感じ、目の前で笑うシェルディナードを見た。
終