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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第一部 : 第十三章 思い惑う

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(三)王太子①

(三)


 結局、王子は「多分、また来る」と有り難くない言葉を残して戻っていった。

 ラーソルバールの予想が正しければ、王子は王太子を連れて戻って来る。

 先程の話から考えれば、憧れの存在が居ると聞かされた王太子が黙っているはずが無い。

 父も同じような事を考えているのだろう、大きな溜め息をついた。

「ラーソル、殿下にお会いしたとは聞いてないぞ」

 シェラやガイザも大きく頷く。

「あー、うん。その……エラゼルの誕生会でね、殿下に捕まっちゃって………」

「そうそう、王子と踊ったしな」

 他人事のようにエラゼルが余計な補足をする。

「踊った?」

 呆れ顔で父が聞く。

「正しくは『踊らされた』です。あの時は、な、ぜ、か、同年代の女の子が殆ど居なくてね」

 余計な事を言ったエラゼルを睨みつつ、その原因となった本人に恨み節をぶつける。

「ふむ、確かに少なかったかもしれぬな……。なぜか……な……」

 そう言いつつ、エラゼルはそっぽを向く。矛先を向けられて都合が悪くなったのだろう。

 素知らぬ顔で誤魔化すエラゼルを見て、頬でもつついてやろうかとラーソルバールは思ったのだが、何の解決にもならないので止めておいた。

「でも、もし王太子殿下が来られても、私の責任じゃないよ。父上が何とかしてくださいね」

 そこの責任の所在は明確にしておきたいらしい。

「あのお二人は厄介者か?」

 エラゼルは思わず吹き出した。

「エラゼルのような家ならともかく、我が家では一大事です!」

「そうねえ……」

「はは、うちもそうだな」

 シェラとガイザが援軍になる。

「この際、父上を残して別の場所に行こうか……」

「待て待て…問い詰めた私が悪かった」

 十数年ぶりの社交界に引きずり出された父にとっては、昔馴染みが数名居る程度で、知人は多くない。領地を接するフェスバルハ伯爵との接点はあったが、向こうは今や大臣の身。軽々しく話しかける事も控えなければならない。

 そこに王太子が来たとしたら、父はどうして良いやら分からなくなるのだろう。

 立場の弱い父を見て、娘として何とかしてやるかと腹を決めた。

「馴染みで、気兼ねなく話せて頼りになりそうな人……」

 周囲を見渡し、父の知人を探す。

「いた!」

 意外にもすぐに目に止まったのは、豪奢衣装に混じって異彩を放つ、鎧の男だった。

 ラーソルバールは、急ぎつつも走らぬよう、人の隙間を縫って移動する。

 そして、壁際で暇そうにしていた男の手を掴んだ。

「シジャード様、少々お時間をお借りできますか?」

「何処の綺麗なお嬢さんかと思ったら、お転婆娘だったか。丁度今、警備を交替した所だから問題ないが、何か?」

 ラーソルバールが助けを求めたのは、第四騎士団長のシジャードだった。

「少しだけお力をお貸しください」

「力を貸すとは何の事だい?」

 そう聞かれて、ラーソルバールは事情を簡潔に説明をした。

「あはは、そうか父上がお困りか。私も王太子殿下とはそれほど接点は無いが、何かの助けにはなるかもしれんな。それに、美人の頼みは断れない」

 その様子を見ていた周囲の人間は、良く事情の飲み込めず、シジャード騎士団長に女性問題発生かと訝しがる。

「あ、知人の娘です。変な誤解はされませんよう……」

 何となく状況を察したラーソルバールが周囲に頭を下げたため、恐らくは誤解も解けたに違いない。

 戻る際は誤解を招かぬよう手を引くなどせず、整然と歩き細心の注意を払った。

「お久しぶりです、クレストさん」

 シジャードはラーソルバールの父を見るなり、声をかけた。


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