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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 :第五十三章 風は舞う

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(四)灼熱の北風②

 果たして、その二日後。帝国兵の声にバージウル砦が揺れた。

 鬱屈とした状況に耐えかねた若年層を中心とした者達が、砦内の広場に集まり気勢を上げた。

 兵達の不満の受け皿になったのは、子爵位を継いだばかりの若い士官だった。男は中央に据えられた台の上に立ち、険しい顔をあえて作る。

 男の名はジブリル・リガント。彼はは周囲の期待を背負っているのだ、という愉悦に浸りつつ叫んだ。

「諸君らの不満はこのリガントが晴らそう。現状を打破するためにはヴェイヤール将軍に出陣を具申致す他ない! 異論のある者あれば話を聞こうではないか!」

 演説じみた言葉は兵達に喝采を浴びる。否やは無い。

 これに気を良くしたリガントは部下を引き連れ、意気揚々とヴェイヤール将軍の執務室に向かった。

 だが屋内へと消えていく後ろ姿を「あれは裸の英雄か、それともただの道化か」と苦笑しつつ、遠目に眺める者も少なくはなかった。


 司令官室の扉が乱暴に叩かれ、中からの返答も無いままに扉は開け放たれた。

「職務中、失礼する。……将軍、帝都からの下知はまだなのですか!」

 司令官室内に入るなり、周囲を見渡して余人が少ないことを確認すると、リガントはいきなり将軍に食ってかかった。部隊の長であるヴェイヤールは伯爵であり階級も爵位もリガントより上の相手。だが、リガントはヴェイヤールを常に弱腰で頼りない男だと思っており、相対する態度はそこに現れていた。

 強気で押せば、帝都に出陣の要請を出すはずだ、という目算が有った。

「いきなり入室するとは無礼ではないか」

 補佐官がリガントを咎めると、逆にリガントは補佐官を睨みつけた。

「落ち着きたまえリガント子爵。貴殿らの逸る気持ちも分からぬでもないが、未だ兵装軍備も整っておらず、兵の練度も足りていない。皇帝陛下からのご下命もないし、暫く待機せよとの東部方面軍本部からの命がある。今は動けんのだよ」

 ヴェイヤールは逸るリガントをなだめるように言葉を選んだ。だが、血気に逸る者にその言葉は全く響くことは無かった。

「閣下のお言葉も分かりますが、我々はこの窮屈な砦に押し込められ、娯楽も無く退屈な毎日を過ごしております。加えて食事も平民の如く貧相な物ばかり。外に出て国境を越えてヴァストールを叩き、戦功を挙げるのに何を躊躇うことがありましょうか!」

「いや、そうではない。我々が求められているのは、西部戦線や旧ルニエラ王国領に割いた戦力を補い、他国からの干渉を避けることにあるのだ。軍上層部からは、それに対する恩賞も有ると言われている。目的を見誤ってはならん」

 説得を試みようとしながらも動揺を隠せずにいるヴェイヤールを見て、リガントは己が勝利を確信した。

「綺麗事では部下はついてきません! 速やかに動くべきです。閣下に出来ぬと仰るなら、私が」

「勝手に動けば軍務違反となるぞ! 帝国に不利益となるような事をすれば、公人としても非難され、親族ともども路頭に迷うことになると分かっているのか?」

「打って出ることで結果が有れば、賞賛されこそすれ、誰も文句は言いはしないでしょう」

 自分が正しいと信じて疑わぬ相手に何を言っても無駄だ。ヴェイヤールは怒りを抑える様に頭に右手を添え、深いため息をついた。

 軍人になって日も浅い何も分かっていない阿呆の言葉だ。爵位だけの世間知らずの愚かな若造め。口にはしなかったが、相手を睨みつけると心の内で罵った。


 だが、ヴェイヤールは処罰の判断に迷うとともに、リガントを含む複数の相手の気勢に臆し、一時その場を収める事を優先した。

「指示は追ってする。君たちは下がりたまえ」

「上申、受け入れられず残念至極です。共に栄誉をと思いましたものを……。失礼する」

 リガント子爵ら数名は憤慨しつつ司令官室を後にした。

 この時、ヴェイヤールが軍務規律違反を理由にリガントを拘束するか、その場で切り捨てていれば、描かれる未来は違うものになっていたかもしれない。 だがリガントらの退出に安堵したヴェイヤールは、東部方面軍の本部にリガントの軍務規律違反の緊急報告書を発信したのみであった。

 この夜、リガント子爵率いるかなりの数の部隊が闇に乗じて砦を発した。兵数は約一万。日付が変わった四月一日のことである。


 この一団は夜陰に乗じて国境のある山岳地帯に身を潜めた。


 これこそがグレイズの懸念したもの。何時とは断定できないが、優柔不断とされるヴェイヤールは部下の暴発を止めることは出来ないだろう、という確信めいた予想だった。


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