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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 :第五十三章 風は舞う

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(四)灼熱の北風①

(四)


 晩餐会から十日後、グレイズ・ヴァンシュタインの所属する第五騎士団は、バハール帝国との国境から少し南方に離れたイズカード砦に駐屯していた。

 国境近くの村などには「過度に警戒する必要はないが、帝国軍が襲来した場合には即座に逃げるように」との通達をし、有事の際には国境警備部隊と連携をとって対応する準備はできている。


 問題となるのは帝国の動向。

 以前より帝国側には、ヴァストールとの国境近くに中規模な砦がいくつか点在していた。いずれも千にも満たない警備兵のみが常駐していた程度であったが、最近そのひとつに警備兵だけでなく一個師団以上の部隊が駐留するようになった、と報告があった。

 それはルニエラ王国滅亡の報があったすぐ後の事である。

 この配備は果たして東方への足掛かりか、それともヴァストールへの威嚇か侵攻への準備かと、ヴァストール王国は警戒の度を一気に高めた。だがそれ以降は、逐次斥候から国境付近の情報が入ってきているものの、現在までこの駐留部隊を含め、帝国東部方面軍に大きな動きは無かった。


 ただ実際には、帝国側の情報は斥候からもたらされるものだけで、それ程精度が高いとは言えない。そんな中、砦に駐留する部隊の指揮官について、ようやく得られた情報にグレイズは僅かに顔をしかめた。

「ヴェイヤール将軍、か……」

「どうかされましたか?」

 グレイズの傍らにいた兵が尋ねた。

 彼はヴァンシュタイン家が雇用する従卒である。伯爵家以上の当主は護衛を兼ねた従卒を付けることが可能であり、この従卒もグレイズが正式に侯爵位を継いでから従軍するようになった。先々代からヴァンシュタイン家に仕える家の出身で、忠誠心が高く寝首をかかれる心配は無いのだが、剣の腕以外はやや凡庸な面があるのは否めない。

「ああ、確かヴェイヤールは爵位だけで指揮官になったような優柔不断で無能な男、との評だったと思い出してな……」

「良くご存知ですね」

「東部方面軍に関しては、ある程度の情報も頭に詰め込んである。奴が率いているのなら、時間の問題か、と思ったまでだ」

「時間、ですか……?」

 要領を得ないような反応に、グレイズは言葉を続けるのをやめた。

 果たして『あいつ』ならどう考え、どう答えただろうか。脳裏に焼きついた金髪の宿敵の姿に問いかける。

 その幻影はグレイズを見据えたまま、何も語らない。侯爵の地位を得てもなお重くのしかかるのは、自らの業かそれともただの妄執か。

「まあ、何が起きても良いように……こちらから動くとするか」

 グレイズは、ふんと鼻を鳴らして頭を切り替える。

「……?」

 その様子に傍らの従卒は首を傾げた。


 グレイズは思考を巡らせる。

 同じように懸念を抱く者も居るだろうが、今後を考えれば早い段階で上司に進言して点数を稼いでおくのも悪くない。とはいえ小隊長、中隊長と段階を踏んでいると、伝達が遅くなったり途中で具申を潰されたりする恐れがある。

 中間を省くのは軍紀上正しいことではないが、話を通しやすい方が良い。今後起こり得る事態を考えれば、叱責で済むなら安いものだが。

 思いつく報告先として一番良いのは、私人としても交流のある大隊長のビスクス子爵だろう。その場合『個人的憂慮を話しただけ』であれば、後々詰問される事も無いはずだ。

 結論に辿り着くと、グレイズはすぐに動きだした。


 同じ頃、帝国側。

 国境付近にあるバージウル砦に駐留していたバハール帝国東部方面軍、ヴェイヤール将軍麾下の部隊には少なからず動きが有った。

 その理由とは。

 先だってのルニエラ王国侵攻の件を含め、西部方面群には幾度も戦場を駆ける機会を与えられ、戦功を挙げた者も多い。その活躍の分、賜わる恩賞も多かった。だが比して東部方面軍である自分達は小さな砦に押し込められ、娯楽もない周囲と隔絶され無為な時間を過ごし、不自由な生活を送っている。

 果たしてこの状態はいつまで続くのか、と湧き出る疑問。帰結する答え、それは。

「ヴァストール王国など、東部方面軍で一蹴すれば良いではないか。それで恩賞も得られるではないか」

 血気盛んな貴族階級の若者達の間で、そうした怨嗟の声が渦巻き、日毎に高まる不満は発散する場所を求めていたのだった。


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