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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 :第五十三章 風は舞う

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(三)迷路②

 今更ではあるが『聖女』呼ばわりされるのは甚だ迷惑な事だと思っている。

 ラーソルバール自身、公私とも清廉たれとは心がけているものの、職業柄必ずしも行いが清らかになる訳ではないし、聖人のように慈愛に満ち溢れ人々を幸福に導くような存在などではない。

 その過分なる肩書は、戦場で味方を鼓舞するのに役立つ分には良い。だが、教会に睨まれたり嫉妬や様々な思惑に巻き込まれたりするのならば、相殺しきれない負でしかない。


 やや表情を曇らせつつも、礼を失することの無いよう頭を下げる。

「殿下のお手を煩わせてしまい申し訳有りません。エラゼルのからの忠告、確と心得ました」

「いや……。自ら聖女などと名乗った訳でもないのに、面倒な話だな」

 ウォルスターは同情するような言葉のあと、ラーソルバールの苦悩を分かち合うかのように苦笑を浮かべた。

「とはいえ、聖女などという名と共に活躍や存在が他国にも知れているとすると、帝国の耳にも入っていると考えた方が良い。帝国にとって有害だと判断されれば、排除しようと手が伸びてくる事もある。十分に気を付けてほしい」

「そこは理解しているつもりですが」

 いざその時、身を守れるかは別の話だ。騎士とは言え、多勢相手であれば不覚を取ることも有るだろうし、帯剣していなければ戦うこともままならないかもしれない。

「王太子婚約者補という立場もあるから、生活に支障の出ないよう警護を付けるように手配しておく。邪魔にならない様に行動させるから安心してくれていい」

「ありがとうございます」

 ラーソルバールは頭を下げた。どうあれ受け入れる他無いが、彼の差配であれば四六時中監視されるような事にはならないだろうし、悪いようにはならないだろう。


「……しかし《《貴女》》は他の令嬢とは全然違うな」

 ふと、ウォルスターは王子としての仮面を外したように、時折見せてきた普通の青年の表情になる。

「その自覚は有りますが、殿下はどういった点を指しておられるのでしょうか?」

 騎士を夢見て育った令嬢などそうそう居るとは思えないし、他にも身に覚えが有りすぎて思わず苦笑いを浮かべる。

「そう、そういうところだ」

「……?」

「実はな、若いご令嬢方は何かと我々の関心を引こうと寄ってくるんだよ。特に兄上の婚約が決まってから、残った私の相手に収まろうと狙っている……かのように見える」

 苦労が絶えないだろうことは容易に想像できる。

「貴女は王族に対する節度は守っているし、一定以上の距離を保とうとしている。どちらかと言えば近寄りたくないという程に。ついでに言えば、私が呼び出したとしても『面倒だけど渋々』応じるだけだろうしな」

「いえいえ、滅相もない……」

 図星であっても一応否定はしておく。

 それと分かっていても、不敬な相手に態度を変えないこの王子も大概だと思う。ただ、ラーソルバールとしては真面目で隙の無い人物に見える王太子よりは、彼の方が接しやすいと思っているのは確かだ。彼に「王族」という厄介な肩書が無ければ、好感の持てる青年なのは間違いない。

「嫌われてはいないと思っていて良いのかな」

「少なくとも嫌ってはおりません」

 素直には答えず、不敬ではあるが少々意趣返しを込めた。

 その言葉にウォルスターは嬉しそうににやりと笑うと、懐から小さな箱を取り出し、ラーソルバールに差し出した。

「これは……?」

「先日の詫びだ。王家の……いや私の同伴者となったばかりに、余計な諍いで怪我をさせてしまった。申し訳なかった」

「いえ、あれはベッセンダーク伯爵の私怨として片付けられたかと」

「実行したのはその私怨とは関係のない令嬢だ」

 申し訳なさそうにするウォルスターの表情に嘘は無いが、ラーソルバールとしてもはいそうですかと王族から物を受け取るわけにはいかない。

「中身が何であれ、受け取る訳には……」

「誰も見ていないし、王族としてではなく私個人としての詫びだ。中身は……帰ってから見てくれ……」

 ちらりと横目で近衛の青年を見やると、あずかり知らぬとばかりに顔を背けている。事前に打ち合わせていたかどうかは分からないが、大した忠誠心だと思わなくもない。

 中身がどんな物なのか分からず恐ろしいが、ここでその謝意を拒絶すればウォルスターに恥をかかせることになる。

「……はい。……では有難く頂戴いたします」

 ラーソルバールがゆっくりと手を出しそれを受け取ると、安堵したかのようにウォルスターは吐息を漏らした。

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