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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 :第五十三章 風は舞う

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(二)ルニエラ王国の落日③

 アリアーナ王女が会場から去り、国王からの発表を受けて周囲がざわめく。

「次に帝国の牙が向けられるのは何処か」

 その疑問の答えは皇帝の野心に他ならない。

 帝国の北部は寒く、植物の育成には向かない。故に豊かな穀倉地帯を求めているのは間違いない。西部地域に侵攻したのも文化の吸収と、その南方に肥沃な土地を抱える国が多くあるため、南下への足掛かりだと思われてきた。

 同様にルニエラ王国の南にも、大きな港を持つ国が有る。帝国が皇帝の意向を受けて大きく版図を広げるため、物流の要所を抑えようとしている可能性が高いが……。


 ルニエラ王国の敗北時期は予想の範囲内だったとはいえ、もう少し粘ってくれたなら、また違う展開も有っただろうか。いや、国力差を考えれば帝国の一割にも満たないルニエラ王国は良く粘った方なのではないか。

 果たしてこの結果を受けてヴァストール王国は、軍務省はどう動くだろうか。現段階において、一日程度で情勢が劇的に変化することは無いとは思う。とはいえ今すぐに騎士団本部からの緊急招集が発せられる可能性も有る。

「ん……、この格好じゃ騎士団本部に行けないよなぁ……」

 ラーソルバールは自らの格好を改めて見つめ、騎士達の集う場に即さないであろう晩餐会用の衣装にため息をつく。ふと視線を上げると、ジャハネートが手招きをしているのが見えたので、父に目で合図をしてから急いで駆け寄る。

「何でしょう、ジャハネート様」

「ああ、アンタの事だから今日これからの事に気を揉んでるだろうと思ってね。騎士団本部にその格好じゃ浮くのは間違いないからね」

「あはは……、やっぱりそうですよね」

 空笑いで答えると、ジャハネートはにやりと笑ってみせた。

「やっぱりお前さんも若い娘なんだと再認識させられるね。やっぱり剣を持ってるより、その格好の方が似合ってるよ。美人だし、どこかの姫様みたいでさ」

「それはそれで嬉しいような嬉しくないような……」

 ジャハネートの世辞とも本気ともつかぬ言葉に、ラーソルバールは発した言葉通り複雑な表情を浮かべた。

「とりあえず安心しな、全体召集は明日だろうね。今日これから対応が必要なのは、各団の団長と副団長、それと秘書官だけさ。ということで、残念ながらこれからアタシらはこの格好で軍務省ということになる……」

 そう言って苦笑いするジャハネートも見事なドレス姿をしていたのだが、その隣に立つランドルフの正装が視界に入り、ラーソルバールは失笑しそうになるのを必死でこらえた。

「よく言うだろう、馬鹿にも正装ってさ」

 隣に立つランドルフを親指で指しつつ、ジャハネートはにやりと笑う。

「何をっ……!」

 ランドルフが言い返そうとした瞬間。

「ぷっ……」

 ジャハネートの余計な一言で、ラーソルバールはこらえていた笑いが一気に噴き出した。

「あ……、日頃見慣れない服装でしたので、思わず……。あ、いえ、大変失礼いたしました! ……っふ。」

 慌てて敬礼して表情を取り繕うとするも、口端が微妙に上がる。

「……ミルエルシ一月官、軍務省にお前さんの降格申請出しておくからな……」

「はい、よろしくお願いします!」

「ぬおっ……」

 意趣返しを込めた言葉もあっさりと切り返され、ランドルフは言葉に窮した。

「隊長仕事みたいな面倒事が嫌いな娘だからね、降格なんて話は冗談でも喜ぶに決まってるだろうさ。全く……、そもそもお馬鹿なアンタが何言ったって、この娘に敵う訳ないんだから……。ホレ、諦めてさっさと撤収しようか」

 原因となる発言をした本人は悪びれずにそう締めると、ラーソルバールに軽く目配せしてから、周囲に居た他の団長達と共に会場の出口へと向かって行った。

「あれだけお酒をあおってたのに、酔ってる様子が無いんだからすごいな……」

 所属の長であるランドルフらの事を別のところで感心しつつ、ラーソルバールは彼らの姿を見送った。


 一人になって気が抜けた瞬間、見通せない未来に大きな不安が押し寄せる。

 ルニエラ王国は小国とはいえ、統治が行き届くまでの間は帝国軍は治安維持のためにそのまま兵を駐留させるはず。故に、しばらくは新たな軍事行動を控えるのではないか。

 だが懸念点もある。帝国軍の総兵力からすれば、ルニエラ王国に駐留しているのはほんの一部だということは間違いない。この一つの戦が終わり、落ち着いたところでそれ以外の軍団が動く可能性も有りうる。

 そして、もしこのあと帝国軍がこの国や同盟国に侵攻してくる事態になれば、多くの人々や地域が大きな戦禍にさらされる事になる。それは恐らく二度と、帝国本土に居るアシェルタートに会うことが叶わなくなることを意味する。

 手が震えるのを嫌うように、拳を握る。だが常闇の森に灯火無しで放り込まれたように、光が見えず、足から黒く底の無い沼に引きずり込まれるような、言い様もない感覚に襲われる。

 どす黒い不安の渦に呑まれそうになり、ラーソルバールは慌てて頭を振る。


 騒がしくなった周囲を見回してから会場奥を見やると、心配そうにこちらを見つめるエラゼルと視線が重なる。ラーソルバールは作ったような笑顔で返すと、彼女に合図を送るように小さく手を振った。


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