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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 :第五十三章 風は舞う

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(二)ルニエラ王国の落日②

 ルニエラ王国軍が撤収準備を始めた頃、帝国軍指揮官であるアージャイドの下にも王都に攻撃を開始したとの伝令がやってきていた。

「ふむ……今夜かな」

 アージャイドは短く言葉を紡ぐと、ルニエラ軍の籠るエルン城を見やった。エルン城は領主の館でもあるが、防衛拠点としての役割も備えている。睨み合いは二日目になっていた。

「今夜、とは何でしょうか?」

 隣にいた副官が上官の言葉の意図が掴めずに尋ねる。

「ああ、彼らは今夜王都に戻るだろう」

「え……?」

 外からでは城内部の動きは見えないが、アージャイドには確信があった。

「万一に備えて別動隊をエルン城の抑えに残し、我らは夜半過ぎに王都へ向かう」

 果たしてルニエラ王国軍は夜陰に乗じてエルン城を抜け出し、帝国軍は悟られぬようそれより半刻ほど遅れて後を追った。


 ルニエラ王国の王都を襲ったのは、帝国軍のもう一つの別動隊。帝国へと帰還させたはずの傷病兵の一団がそれである。

 ルニエラ側もその存在を認識していたものの、帝国との国境を跨ぐ前の早い段階で監視対象から外していた。

 まさにアージャイドが狙っていたのはそれで、自由に動ける部隊が出来たのである。もちろん怪我などは偽装であり、本当の傷病者は守備兵として砦に残してある。

 この一団は日中は森や谷間に姿を隠しつつ、夜間に素早く移動した。

 ルニエラ軍は帝国軍の本隊と、これ見よがしに動かす別動隊に意識を取られ、他の索敵は疎かとなったため、発見されずに行動できたのである。

 そして、王都を急襲したのはわずか三千の兵だったが、守備兵をほとんど残していなかったルニエラ側は混乱を極めた。


 王都を包囲して散発的に攻撃していた帝国軍が、慌てて戻ってきたフォンダード将軍率いるルニエラ王国軍本隊と邂逅したのは攻撃開始から一日半後の事。

 王都守備兵との挟撃を画策したルニエラ側の思惑は、あとを追ってきた帝国軍本隊の到着で脆くも崩れ去った。

 逆に挟撃される形となったルニエラ王国軍ではあったが、名将フォンダード将軍の指揮のもと奮戦。激戦となった王都近郊の戦いは、兵力に勝る帝国軍の勝利となり、帝国軍はそのままの勢いで王都を攻めた。ルニエラ王国は幼少の王子と王女を隠し通路から逃亡させる事に成功したものの、ほとんどなすすべなく王都は陥落したのである。


 煙の立ち上る王都とその周辺。ひとつの大きな戦いのあとに残る物悲しい光景。

「早すぎるな……」

 遠くから監視していたヴァストール王国の密偵は一部始終を見届けると、大きなため息を漏らし、王都だった街に背を向けた。

 その報告がヴァストール王国、王都エイルディアに高速通信で届けられたのは翌日の事である。

 ルニエラ王国の王都陥落、それは国の滅亡と同義。

 その後に起こりうる事態に対応できるよう、ヴァストールは迅速に態勢を整えてはいた。誰もが帝国の軍事力を過小評価していた訳ではないのだが「もう少し先の出来事」と思われていたものが、想像を遥かに上回る速さで訪れたのだった。


「何と間の悪い……」

 アリアーナはぼそりとつぶやくと、苛立ちを隠せずに爪を噛んだ。

 ナッセンブローグ王国の使者として、同盟を締結した喜びも束の間、彼女には大役を終えた事に安堵する間も与えられなかった。それでも、ここで呆けている時間など無い。

 王女として、早期の帰国と報告が求められるため、即座に動かなくてはならない。騒然とする会場を眺め、自国も同じ状況だろうかと背筋に寒いものが走る。

「陛下、この度は有難うございました。状況を鑑みるに、私も即時に帰国した方が良さそうです。色々とご準備頂いていたところ大変申し訳ありませんが……」

「いや、まずはアリアーナ殿下が無事帰国される事が第一。父君にも有事の折には共に在りましょうと、お伝えくだされ」

「確と、父王に伝えます。我が国も同じ思いであると申す事でしょう」

 そう応えてアリアーナは深々と頭を下げた。

 晩餐会の終了を待たず、食後すぐに帰国準備をせざるを得なくなったため、彼女の願いは次回以降へと持ち越しとなってしまった。

「ああ、この国の聖女殿はこれから起こる事をどう乗り越えて行くのでしょう……」

 ぼそりとつぶやき、会場を見つめる瞳。彼女の視線の丁度その先に「エイルディアの聖女」が居たことを、アリアーナは知る由もない。

 自身はこれから起こりうる事態にどう立ち向かうべきなのか。不安を抱えつつ、遠く帝国のある方角を睨むと、重い足取りで会場を後にした。


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