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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 :第五十三章 風は舞う

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(一)晩餐会と王女③

 アリアーナ王女への引見という危機を、エラゼルの機転によって守られた事など知る由もないラーソルバール。

 遠くエラゼルの姿を見つめていた視界の端で、不意に誰かに睨まれたように感じて視線を動かす。


(……あれはミランデール子爵?)

 先日の養子縁組の件がまだくすぶっているのかと、陰鬱な気持ちになるのを感じる。

「父上……」

 小声で話しかけると、父は視線の先にある意図を察したのか、何かを思い出したように苦笑を浮かべた。

「ああ、そういえば言ってなかったな。先程お前がいない間にフェスバルハ伯にお会いしたんだが、その際にこんなことを仰っていてな……」

 そう言って父は話を切り出した。


『先日の事だ。とある貴族の当主が、自身の息子を親戚の男爵家の跡継ぎとして養子に出したいのだが、相手が了承しない。上手くいくよう圧力をかけて欲しいと、その男爵家と領地を接する大臣職を務める伯爵家に依頼してきたそうだ。すると伯爵は怒り、そんな事をするくらいなら自分の息子を養子にと頼み込むわい、と断ったと聞いている。しかも《《何故か》》その話が宰相閣下の耳に入ったようで、その貴族に逆に圧力がかかったとかなんとか……』


 小声でフェスバルハ伯爵の口調を真似るように、伝え聞いたという話を語ってみせた。

「なるほど……」

 伯爵の語った登場人物が誰とは聞かずとも、内容は良く分かる。

 確かに、大臣を務めるどこかの伯爵様には、二人の息子さんがいる。長男は最近婚約が決まったと聞いているが、次男の方はまだ決まっていなかったはず、と二人の顔を思い出して頬が緩んだ。

「で、その大臣から息子さんの養子縁組の話は来たんですか?」

 興味本位で聞いてみる。

「いや、養子の話は無いな。冗談っぽく次男を婿に貰ってくれたら有難い、と言われただけだ」

「あぁ、まだ完全には諦めてなかったんですね……」

 ため息交じりに苦笑するラーソルバールに、父は目配せをしつつ笑みを浮かべる。

「あちらには相当気に入られているみたいだからな。で、お前が受ける気が有るなら、父として断るつもりも無いぞ?」

「いえいえ正式なお話が来ても、丁重にお断りしておいてくださいね……」

 ここで冗談でも受けるなどと言ったら、現状の王太子婚約者補の立場があったとしても、やり手の伯爵が相手だけにどうなるか分かったものではない。

「まあ実のところ、お前も当主なんだから父親の意向なんて気にしなくてもいいんだがな」

 ああ、そういえばそうか。ラーソルバールは納得したように小さく首を縦に振った。


 これで、ミランデール子爵が後腐れなく引き下がってくれれば言う事は無い。だが、先程の恨みの籠ったような薄暗い視線を思うと、終わったとは言い切れないように思える。メッサーハイト公爵に釘を刺されたという事であれば、少なくともこの会場で何か行動を起こすような真似はしないだろうが。

 何はともあれ今回の事といい、過去にも色々と恩の有るフェスバルハ伯爵には頭が上がらなくなりそうだ。感謝のを伝えるために、あとでエレノールに賄賂にならない程度に酒でも送っておいてもらおうか。


 ラーソルバールは少し安堵して気持ちを切り替えると、食事を口に運びその料理に舌鼓を打つ。

 この日の晩餐会は食材選びから料理の内容まで、さらには会場作りも申し分ない。なるべく安価な材料で豪華に見せる、という事が徹底されている。

 これらは商業大臣であるフェスバルハ伯爵と、外務大臣、宮廷長官らで打ち合わせをしたうえで準備を進めたと聞いている。

 帝国に備えてレンドバール王国へ派兵している今の状況。多少の異論はあるだろうが、華やか過ぎると責められる事無く、かつ同盟の式典として質素すぎると言われない程度の的確な水準に抑えているのは、さすがの手腕だと感嘆せざるを得ない。


 こうしてナッセンブローグ王国との同盟が無事に決まった今、目を向けるべきは帝国の動き。果たしてそのレンドバールの方の状況はどうなっているのか。

 帝国に侵攻されたルニエラ王国からの支援要請が有れば、即座に対応するとは聞いてはいる。だが、現時点までルニエラ王国からそのような要請があったとの情報は無い。

 ルニエラ国王が他国を信用していないからだとか、帝国が支援国に対し侵攻する口実を作らせないための配慮だ、などという憶測が飛び交っている。

 ただこの先を考えるならば、ルニエラ王国とともに数ヵ国で帝国に立ち向かう方が、対抗しうる戦力になるのではないか。そうできない国家間の思惑というのも、実にままならないものだと、ラーソルバールはため息をつきたくなった。


 その憂慮が、現実に形になって訪れる。


 晩餐会の終わりも近づいた頃、ひとつの出来事が会場を騒然とさせた。

「ルニエラ王国、王都陥落」の報が届けられたのである。


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