(一)晩餐会と王女②
ヴァストール王家の面々と食事の席を共にすることになったアリアーナは、しばらくの間は当たり障りのない会話を続けていた。だが、そろそろ頃合いかと判断すると、自ら会話を切り出した。
「この度、同盟の使者として参りました以外に、私には個人的な目的もありまして……」
脇に座っていたナッセンブローグの外務大臣が「余計な事を言うな」とばかりに慌てて視線を向けるが、アリアーナは意に介さない。
「ほう、アリアーナ殿下が気にされるようなものが我が国にありましたか?」
興味を惹かれたのか、王太子オーディエルトが笑みを浮かべつつ尋ねる。
「ふふ……」
アリアーナは手にしていた酒を一口飲んでからグラスを置くと、少し間を作るようにして人差し指を唇にあてた。
「まずひとつは、伴侶になってくださるような良いお相手が居られましたら……、という願望のようなものですわ」
「なるほど。残念ながら私には婚約者が居ります故、そのお望みを叶えることは出来かねます。弟の方は……まだ分かりませんが」
「ん……?」
オーディエルトの意外な言葉に、ウォルスターは僅かに眉を動かす。
「兄上……。アリアーナ殿下であれば、私でなくとも良いお相手はいくらでも居られると思いますが?」
ウォルスターはそう答えてにこやかな表情を向けた。
これは「余計な話を振ってくれるな」と言っているのだろうと、同席していたエラゼルは苦笑を隠すようにグラスを口へと運ぶ。
「ウォルター殿下にそのように仰って頂けるのは有難いのですが、国内での私の立ち位置は微妙なのですよ」
第二王女という弱い立場のうえ、暗に政略婚の話が来ていて逃げたいのだと匂わせる。情に訴える形で食いついてくれたら、という狙いもあったのだが。
「今回、同盟の使者として実績を作られた事ですし、良い方向に転がるのではないですか? ……それで、殿下は先程『まずひとつ』と仰いましたが、他にも目的があるという事ですか」
ウォルスターはさらりと受け流すように、話を逸らした。
軽く様子見をしたつもりが、同情する素振りどころか少しもなびく様子も無い。薄すぎる反応を見るに意中の相手でもいるのだろうかと、内心唇を噛むような思いを抱えつつも、アリアーナは表情には出さない。
「もうひとつは……『エイルディアの聖女』と称えられている方にお会いすることですわ」
「……んぐっ!」
アリアーナの予想外の言葉に、エラゼルは口に含んでいた水が気管に入りかけ、小さくむせた。そんなエラゼルをちらりと横目に見やったあと、アリアーナは言葉を続ける。
「失礼を承知で申し上げますが……。その方は相対した国の兵から、魔女やら悪魔などと恐れられているとも聞き及んでおります。聖女に魔女にと……全く人物像が想像できません。どのような方なのかご存知でしょうか?」
「ああ、それならば兄上の婚約者であるエラゼル嬢がその人物に詳しい。彼女に聞くと良いですよ」
問いに対し、ウォルスターは何故か嬉しそうに答えた。
それは話相手から逃げられるからだろうか。彼の真意を量りかねたものの、理由を尋ねる訳にもいかず、アリアーナは言われるままにエラゼルへと視線を向けた。
「ええ、私の大切な友人です」
「まあ、ご友人ならご紹介頂けると嬉しいのですが」
「彼女も本日この会場にも来ておりますが、生憎と表に立つ事を嫌う性質でして……。殿下には大変申し訳ありませんが、ここでご紹介する事は出来かねます。どうかご容赦を……」
渋い顔をするラーソルバールの顔を思い浮かべつつ、エラゼルは言葉を選んで答えた。
下手にこの場で他国の王族であるアリアーナに引き合わせるような事が有れば、他の貴族たちにどう思われるか。ただでさえ不安定な立場であるのに、下手に嫉妬や怨嗟を生むような真似はするべきではない。
ましてや騎士団にとっても利になるか分からないうえ、同盟国とはいえ公にするのは手順からも国王や軍務省の許可が必要なのではないか、という考えがあったからでもある。
エラゼルの言葉にやや納得がいかないのか、アリアーナは真偽を確かめるように二人の王子の様子を伺う。するとラーソルバールの性格を兄よりは知っているウォルスターは、エラゼルの言葉を肯定するように苦笑いしつつうなずいた。
「なるほど、事情は承知致しました。ではウォルスター殿下、別の機会にでもお会いできるよう取り計らって頂けましたら幸いですわ」
「なるべくご期待に沿えるよう、調整してみましょう」
個人的な目的を二つとも逃すものか、という執念を隠すようにアリアーナは微笑んだのだが、直後に思わぬところから横槍が入る。
「アリアーナ殿、色々とすまぬな。ウォルスターの方で嫁をとなった折には、考えさせて頂く。それ以外の事であれば、我が国で出来る限り協力させて頂こう」
「有難うございます陛下。そのお言葉が頂けただけで十分でございます」
国王のやんわりとした断りの言葉に、これ以上踏み込んではいけないと感じたアリアーナは一礼をしてそれに応えた。
ヴァストールの国王から協力の約束を引き出せただけでも、来た甲斐があったと言うべきか。ちらりと自国の大臣を見やってから、アリアーナは小さく吐息を漏らした。




