(一)晩餐会と王女①
(一)
人の在り様は千差万別。抱えた思いもまたそれぞれ。
二国間の同盟の祝宴と言うべき晩餐会。
誰もがこの日、この場で様々な思惑を持って臨んでいる事だろう。それは先程の出来事が示す通り、誰にとっても良い未来を描いているという訳ではない。ラーソルバールはそんなやるせなさにふと、目を伏せる。
グレイズ・ヴァンシュタイン侯爵らの騒動が落ち着いて間もなく、晩餐会開始を告げる音楽が流れ始め、ヴァストール王国の王族とナッセンブローグ王国第二王女アリアーナが会場に姿を現した。
国王が玉座を模した椅子の前に立ちゆっくりと手を上げると、音楽は僅かに余韻を残すように終息を迎えた。
「本日は皆が忙しい中参集してくれた事を嬉しく思う。皆も既に承知の事かと思うが、昨日ナッセンブローグ王国と正式に無期限での同盟が結ばれたことを喜び、ここに告げるものである」
国王の言葉が会場内に響き渡り、参加者の盛大な拍手によって歓迎の意が示された。
表向きはそう在っても、腹の内に秘めるものが異なる者も中にはいるだろう。
ここで国王が「やがて来るべき国難に備えて」と言わなかった理由でもある。こうした一言がどこでどう漏れるか分からない。同盟の真意がそうであったとしても、余計な一言で帝国を刺激するのを避けざるを得なかったのだ。
国王が発言後に場を譲るように手を差し出すと、脇に立っていた若い娘が軽く一礼返し、一同へと向き直った。
「皆様、初めまして……でございますね。ナッセンブローグ王国第二王女、アリアーナでございます。本日、皆様とこの場に在れることを心より嬉しく思います。この度貴国と絆を結びました約定により、両国が手を携えて互いにより良い未来を築いて行く礎が出来たと確信しております。ナッセンブローグ国王に代わりまして御礼を申し上げます」
整然と、かつ堂々たる態度で挨拶をこなしたアリアーナは、満面の笑みを浮かべると深々と頭を下げた。
国力で劣るナッセンブローグ王国にとって利の多い同盟。事前に協議し決まっていたとは言え、大役を果たした王女には安堵感が見えた。
なかなか立派な方だ。
再び大きな拍手が沸き起こる中、ラーソルバールも感嘆しつつ手を鳴らす。それでも事前にエラゼルから余計な話を聞いていなければ、もう少し先入観を持たずにいる事ができたかもしれない。
隣に座る父を見やれば、ただ単純に王女の堂々たる姿に感嘆しているようではない。何か思うところが有るように顎に指をあてると、その視線は横へと動き自らの娘へと向けられた。
ラーソルバールは悟った。父は「実に堂々としたものだ。目立つのは嫌いな我が娘とは大違いだ」などと考えているに違いない。そもそも貧乏男爵家の娘と、小国とはいえ王族としての責を持つ彼女を比較すること自体が間違えているのだ。
不条理な比較に怒つつ睨むと、父はすぐに意図を察したかのように慌てて顔を背けた。
それはさておき、とラーソルバールは頭を切り替える。
交渉事で他国でやってきて、このような場で見事な挨拶ができる胆力がアリアーナ王女にはある。彼女を知れば是非嫁にと申し出る所も多いだろうが、数多の求婚が有ったとしても、自身の才覚に見合うような良い婿が欲しいのかもしれない。
エラゼルが言ったように、彼女が婿探しに来たというのも有りうる話かな。などとなかなかに無礼な思考が頭を巡る。
ラーソルバールら親子がこのように余裕を持って居られたのは、爵位の低い二人は王家から離れた端の席だったからである。
ラーソルバールが見つめていた先、そのアリアーナ王女。彼女は挨拶を終えて一歩さがると、近くに居た王子二人に視線を流して挨拶をするように頭を下げ、意味ありげに微笑を浮かべた。
(なるほど噂通り。近くで見るとお二人ともかなりの美男子だこと)
密かに値踏みする視線のその先に、もうひとり存在感を放つ人物が見えた。
(あれが、王太子の婚約者……。美姫と名高いエラゼル嬢ですか。抜群の存在感に加えて家格も申し分なく才も有る……と、既に婚約は大々的に発表されているらしいし、彼女と勝負するのは諦めた方が良さそうね……)
万が一にも出し抜けそうな相手ならば、と思っていたものの甘い相手ではないのは即座に感じ取れた。自国で政略結婚の駒にされる前に、良い嫁ぎ先を見つけるに越したことは無いが、帝国がどのような動きをするか不透明な状況で、わざわざ自身に火種を抱える必要も無い。
別に将来の王妃の座が欲しい訳でもないし、次善の策である弟のウォルスター王子ならば可能性はあるかもしれない。様子を見ている時間的余裕もないし、食事の最中にでも仕掛けてみようか。
アリアーナは頭の中で色々と考えを巡らせるが、気取られぬよう表情は穏やかな笑顔を崩さぬまま静かに席に着いた。




