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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 :第五十二章 戦場の雪の色は

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(四)灰色毒鼠③

 言葉に窮していたかに見えたシュドイゼンだったが、やはり反論せずには居られなかった。

「そもそもが賊を逃がした騎士団の失態でありましょう? それを特務庁に責任を押し付けられては困りますな」

 シュドイゼンの言葉に反応したのか、ラーソルバールの傍らからひとりの人物が動いた。

「あ……」

 その歩みを止めようと、ラーソルバールが手を伸ばしかけた時には既に遅かった。

「横から悪いが今の発言、聞き捨てならないねぇ。自らに都合の悪いことは騎士団のせいにするのかい?」

 ジャハネートが進み出て、シュドイゼンに食って掛かった。

「チッ……」

 小さく舌打ちをする音が聞こえたが、ジャハネートは畳み掛けるように言葉を続ける。

「完全な空振り事案だから、守秘義務なんぞ無いだろうから言わせてもらうがね。第五の報告を聞く限りじゃ、アンタが風聞だけで事前調査もそこそこに、あえて誰も居ない南の廃邸宅に注意を向けさせた。または無人と分かっていて、あえてそこに向かわせた……、それとも情報入手の手柄だけ手に入れて騎士団に全責任を押し付けるつもりだった……。そう勘繰られてもおかしくない話だと思うんだが、どうだい?」

「……騎士団長のお言葉とは思えない軽々な発言ですな……」

「騎士団長だから言ってるのさ。アタシゃ部下に言わせる恥知らず、なんて陰口叩かれるのは御免だからね」

 ジャハネートは相手を挑発するかのように不敵な笑みを浮かべた。

「いずれにせよ、貴女の発言は特務庁に対する侮辱であり、到底許されるものではありませんぞ」

 相手が騎士団長とは言え爵位は子爵同士、ましてや陞爵したての相手よりは自分の方が上だ。自尊心に後押しされるようにシュドイゼンは抵抗したが、騒動に耳を傾けていた周囲の人々は彼に冷ややかな視線を浴びせかけた。

「おやおや……シュドイゼン子爵、お怒りのところ申し訳ないが話相手は私では有りませんでしたか? それにジャハネート団長も私も特務庁ではなく、貴殿個人の話をしているのですよ。子爵は言葉の認識が出来ないのか、趣旨を分かって頂けていないようですね」

「な……」

 そもそもが前侯爵の不正に付け込み弱みを握っておこうと近づいたのだが、思わぬ反撃と支援者の出現により、形勢はシュドイゼンが圧倒的に不利な状況になってしまっている。相手が格上の侯爵であるとはいえ、二回り程も年下の若造に浴びせられた明らかに侮蔑を含んだ言葉に、シュドイゼンは平静を装う事が出来ず手は怒りに震えた。

「……ふん、正式な報告が上がって来れば分かる事です。くれぐれも騎士団からは虚偽の報告をしないようにして頂きたいものですな!」

 捨て台詞を残してシュドイゼンはグレイズに背を向ける。シュドイゼンはそのまま憤怒の表情を隠そうともせず、速足で人垣の中に紛れるようにラーソルバール達の視界から消えていった。


 そしてシュドイゼンが姿を消して周囲のざわめきが静まると、ラーソルバールはほっと胸をなでおろし、ジャハネートに駆け寄った。

「ジャハネート様、無茶をなさらないでください……」

「スーツドレスのアンタより、男っぽいスーツ姿のアタシの方が威圧感が出るだろう?」

 冗談ともつかぬ言葉でにやりと笑って応じると、ジャハネートは視線を動かしグレイズを見やる。直後、それに気づいたグレイズはジャハネートに無言で一礼すると、周囲の視線を嫌うように壁際の方へと歩いて行った。

「素直だか何だか良くわからない男だね……」

「まあ、以前からああいう感じなんで……。信念なんだか我が道を行く感じがあって、誤解されやすいところも有るのかもしれませんね」

「まあ、そういう事にしておくさ……」

 グレイズの背中を見つつ、ジャハネートは苦笑いして肩をすくめた。


 ラーソルバール自身、彼との縁は少なくない。思い出を振り返るように、遠くで壁にもたれるように寄り掛かるグレイスを見やる。

 彼に対して純粋に怒りをぶつけたのは、武技大会でフォルテシアを痛めつけられた後の一度きり。今は最初に会った騎士学校の入学試験の時のような傲慢さも、無くなったとは言えないものの減ったのではないかと感じている。

今日はそっとしておくべきだろうが、機会があれば彼と少し話してみるのも悪くないかもしれない。

 帝国の影が忍び寄りつつあるこの情勢だが、互いに無事でいられるようにと願いながら、ラーソルバールはグレイズに向けて小さく笑みを向けた。


 そして別の場所では怒りが覚めぬ男がひとり。

(ああ、クソっ! ヴァンシュタイン侯爵め、この屈辱は必ず貴様の首であがなわせてみせる。ジャハネート共々覚えていろ!)

 心の底で怨念のようなものを黒く揺らめかせつつ、シュドイゼンは親指の爪を噛んだ。


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