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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 :第五十二章 戦場の雪の色は

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(四)灰色毒鼠②

 会話に割り込んできた相手をちらりと見やってから、グレイズは口を開いた。

「いや、大した問題ではありませんよ。貴方の手を煩わせるような事は何も無い」

 苛立ちからか口調は冷ややかで、相手と視線を合わせようとはしない。

「仕事柄でしょうか。前侯爵のお話をされていたようでしたのでやや気になりまして。私も少々混ぜて頂けましたら……」

「いや……。確か特務庁次官のシュドイゼン子爵でしたかな? 父の件では色々と面倒をかけたようだが、今は貴方にも特務庁にも全く関係の無い話をしていましたので、御遠慮願いたい」

 グレイズはそう言って冷たく突き放した。例え特務庁の任務だろうと、子爵が侯爵位を持つ者達の会話に割って入るなど、無礼極まる行為である。その表情は侮蔑に満ちていた。


 端から見ていても分かるような不穏な空気に嫌気がさし、ラーソルバールはため息をついた。隙あらば蹴落としてやろうという貴族たちの腹の探り合いや牽制。何と気分の悪いことか。

 この場にシェラやフォルテシアが居てくれたなら、どんなに気が楽だったことか。

 次にあの場に立っているのは自分かもしれない。ぎゅっと拳を握り締め、グレイズの周囲の男たちを睨みつけた。その直後のこと。

「やあ、新進気鋭の新人男爵殿」

 聞き覚えのある声。からかうような言葉とともに肩に手を乗せられ、ラーソルバールは少し驚いたように振り返る。

「ジャハネート様!」

 ラーソルバールの声に喜色が混じる。

「……ん、何だい? アンタは同期の色男が気になるのか?」

 挨拶代わりの冗談で、ラーソルバールの反応を楽しむジャハネート。

「いえ、何と言いますか……」

 言い淀むラーソルバールをさらりとあしらうように笑うと、ジャハネートはグレイズを見やる。

「おやまあ、色男は面倒な奴に絡まれてるじゃないか」

「面倒?」

 眉間にしわを寄せるジャハネートを見て、ラーソルバールは小首を傾げた。


 ジャハネートはラーソルバールの耳元に唇を寄せると、他に聞こえないようにか小声でささやく。

「奴は特務庁次官シュドイゼン子爵。誰が名付けたか知らないが、あだ名は灰色毒鼠。自分の功になるなら多少の無理は通すし、場合によっては汚い手も使うというクズ野郎さ」

「よりにもよって特務庁にそんな人物がいるんですか?」

「ああ……奴に目を付けられたら厄介だ。どんな罪をでっち上げられるか分からないと、知ってる奴はみんな警戒してるのさ」

 特務庁の業務には国家にとって重要な諜報活動も含まれている。綺麗事だけでは国家は運営できないというのは分かっているつもりだが、収集した情報を故意に書き換えたり、虚偽の内容を作り上げるなど本来は有ってはならないもの。

 灰色とは彼の髪色をさすだけでなく、白ではなく黒に近い行いを揶揄する意味合いもあるのだろう。

 次官は庁の長官が任命するはず。とすると、長官も同じような人物なのだろうか。

「奴は前長官時代からの留任だ。悪い噂は有っても、数多の手柄もあるから変えるに変えられないんだろうさ」

 ラーソルバールの考えを見透かしたように、ジャハネートが付け加えた。彼女らがそのような会話をしているとは、グレイズ自身もまた彼を囲む者達も知る由もない。


 不敵な笑みを浮かべたまま、グレイズの前から立ち去ろうとしないシュドイゼン。

 邪魔だと感じつつも、自ら立ち去るのはこの男に屈するようなものだと感じたグレイズは、怒りを飲み込んで声を抑えるように会話を切り出す。

「同僚がぼやいてましたが、昨日の特務庁肝入の捜査案件、見事に空振りだったようですね。確か子爵、貴方が主導して強引に実行されたと聞き及んでおりますが?」

 煽るような口調で話したのは、騎士団の任務に関する話。第七騎士団が王都の警備を行っている間に、別の騎士団が他の案件に動いていたという事になる。

「何を根拠にそのような事を。賊共が我々の動きを事前に察知して逃げ出しただけのこと」

「それは事前に特務庁から情報が漏洩していたという事ですかな?」

「……騎士団から漏れたのでしょうな」

 平静を装うも、シュドイゼンは怒りを隠しきれずに声を震わせる。

「いやいや、そもそも山中の邸宅は廃屋になっていて何年も使用されていたようには見えなかったと。狩人か何かが近くに立ち寄ったのを勘違いされたのですかな? それとも、この大事式典のある直前にわざわざ騎士団をひとつ王都から離すような、やましい事情でもありましたか? そう、例えば第五に王都に居て欲しくなかったとか、王都の警備を少しでも手薄にしたかったとか。どこかの国の事情を慮って……」

「何を仰いますか? いくら侯爵とはいえ、度が過ぎた冗談は許されるものではありませんぞ」

「ただの功名心で、反乱貴族の名前を持ち出してありもしない話を作り上げて、逃したのは騎士団のせいだと触れ回るおつもりか?」

 グレイズが声高に言うのをが聞こえたのか、周囲の冷たい視線がシュドイゼンに突き刺さった。


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