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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 :第五十二章 戦場の雪の色は

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(三)調印式③

 晩餐会当日。

 昼過ぎから王城には王都在住の貴族当主達が続々と集まってきていおり、その中にはラーソルバールと父のクレストの姿が有った。そしてラーソルバールは馬車を降りるなり、その姿を見つけた侍従の一人に呼び止められた。

「ラーソルバール・ミルエルシ男爵閣下とお見受けいたします。恐れ入りますが、会場入りする前に別室にお呼びするよう仰せつかっております」

「はぁ……」

 ラーソルバールは理由も良く分からず曖昧な返事を返すと、父の顔を見る。

「それはどなたかからのご指示ですか?」

 見かねたクレストが尋ねる。

「私も詳細はお聞きしておりませんが、王太子殿下直々のお願いでございます」

「殿下は父のクレストではなく、私をご指名ということでしょうか?」

「左様にございます」

 侍従は恭しく頭を下げた。

 命令ではなく「お願い」という言葉にやや引っ掛かったものの、王太子のお願いとあっては断る訳にもいかない。父に手を振ると、ラーソルバールは大人しく侍従についていく事にした。


 入り口付近には貴族の姿も多く、ふと知人の姿が視界に入った。

「グレイズ……」

 何気なく名前を口にし、歩く速度を緩めた。

 できれば改めて先日の礼を言いたいと思ったのだが、よく見れば誰かと話しているようであり邪魔する訳にもいかない。表情を伺い知ることはできなかったが、向こうはラーソルバールに気付いた様子もないので、ここは黙って通り過ぎるしかなかった。


 侍従は賑やかな来場者の控室の前を通り、会場へと通じる廊下とは異なる方向へと歩いていく。

 そして侍従が足を止めたのは「特別来賓控室」と書かれた札のかかった扉の前だった。部屋の前には衛士が立っており、理由はともかく王太子が中に居るのは想像に難くない。

「では、こちらへどうぞお入りください」

 侍従は扉を二度叩くと、静かに扉を開けて一歩さがる。

「失礼いたします」

「ああ、どうぞ」

 了承の得てから部屋へと足を踏み入れると、王太子と満面の笑みを浮かべたエラゼルがラーソルバールを出迎えた。

「殿下がお呼びとの事で参上いたしました」

「ああ、呼び立てて済まないな」

 状況が良く分からず、やや戸惑うラーソルバールに王太子が微笑を向けた。

「ええと……。何と申し上げますか……お二人のお邪魔してしまいましたでしょうか?」

「いや。私もやる事があるので席を外す必要があってね。できれば彼女の暇つぶしに付き合って貰いたいのだが、構わないだろうか?」

 エラゼルに気付かれないように、王太子は目配せをする。彼の気遣いなのか、エラゼルの要望なのかは分からないが、断る理由もない。

「はい、殿下の仰せのままに」

 騎士団の癖で思わず敬礼しそうになったが、慌てて淑女らしさを意識しつつ頭を下げて王太子に応えた。

「では、よろしく頼む」

 そう言い残すと、王太子はラーソルバールと入れ替わるように部屋を出て行った。


 扉が閉まるまで見送ると、不意に良い香りと共に暖かいものが背後からラーソルバールに飛びついてきた。

「ええと、お嬢様……。王太子妃になろうかという人が、お行儀が悪いですよ?」

「むぅ、少しくらい驚いてくれてもいいではないか」

 顔の右横でエラゼルがつまらなそうに口を尖らすのが見えた。

「まあ、想定内というか……」

 ラーソルバールは苦笑でそれに応える。

「む……」

「緩い気持ちで居られるのは今だけだね。今日は気が抜ける相手も居ないから息が詰まりそうだわ……。老獪な方々も多いだろうし」

「確かにレンドバールに遠征している人々もいる中、派手な晩餐会を催す訳にもいかないからな。だが、当主のみの出席というのは堅苦しくて困る」

 珍しくため息を漏らすエラゼルの頭をラーソルバールは優しく撫でた。

「エラゼルは今日は殿下の婚約者として、挨拶やら色々あって気を抜く暇も無いだろうね。まあ貴女なら問題なくこなせるはずだし、何も心配してないけど」

「……ふむ、誰かのおかげで学生代表やら面倒な事を散々やらされたので、多少の経験があるのでな……」

「……あれ、誰のせいだろう? ファルデリアナ様かな? って……いたたっ!」

 誤魔化そうとしたところで背後から左の頬をつねられ、ラーソルバールは思わず声をあげた。

「と、まあ、冗談はここまでにして……」

「いや、指先に随分と恨みがこもっていたような気がするけど?」

「……そうか? 気にするな」

「むむむ」

 エラゼルは平静を装うようにしてラーソルバールから離れると、ソファに歩み寄りゆっくりと腰掛けた。


「それより調印式の様子を遠くから見ていたのだが、王女は去り際に最後に私をちらりと見てわざとらしく不敵な笑みを浮かべていかれた。やはり彼女はなかなかの曲者のようのだな」

「殿下自ら足を運ばれた訳だし、表向きの『外交儀礼』以外にも意図はあるんだろうね」

「だろうな。まあ、我が国に危害を及ぼすとか、同盟に影響が出るという類の話ではないと思うが……」

 目の前の焼き菓子に手を伸ばし、エラゼルは苦笑いを浮かべた。


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