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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 :第五十二章 戦場の雪の色は

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(三)調印式②

 思わぬ話を聞き、複雑な表情を見せるラーソルバールの肩に、ガイザの手が優しく置かれる。

「まあ、どうせ特務庁の方で動いていて奴らの拠点も抑えるんだろうさ。俺たちは今のところ、何も起こさせないように見張る事しかできないけどな。問題が何にせよ、お前さんは一人で抱え込みすぎるなよ。またエラゼルあたりに叱られるぞ」

「……そうだね、私に出来る事なんてたかが知れてる」

 ガイザに諭され、ラーソルバールは肩の力を抜くように軽く息を吐いた。


 ガイザとしても、ラーソルバールが過敏に反応する話だったことを失念していた訳ではないが、彼女の様子を見て心苦しさを感じた。

「ところで話は変わるんだが、二人は何でこんなところに居るんだ? 明日は晩餐会に出席予定だろうから準備で忙しいはずだろ?」

「……ぅぐ……」

 痛いところを突かれたというように、ラーソルバールは視線を他所へと逸らす。

 その晩餐会の開催は急遽決まったもので、ナッセンブローグ王国の使者の慰労を目的としている。これに際し「本邸別邸問わず現時点で王都に居住している爵位持ちは、特別な理由が無い限り晩餐会に参加すること」という緊急の通達が有ったのである。

 爵位持ち、つまり当主のみが出席対象であるため、ガイザにとっては他人事でしかない。

「え……と、に……任務は大丈夫?」

「おう、怪しい人物が居たので只今職務質問中だ」

「なにおぅ……」

 冗談交じりに返され、誤魔化し損ねたラーソルバールは悔し紛れにガイザの腹を拳で軽く殴った。が、さすがは鍛えられた騎士、ラーソルバールの拳は腹筋の硬さに簡単に弾き返されてしまった。

 悔しそうな顔のラーソルバールの横で、エレノールが不敵な笑みを浮かべる。

「あの、何と申しますか……。ガイザ様のお考えはともかく、周囲からは職務質問ではなく、若い女性を捕まえて口説いているようにしか見えないと思いますが……」

「え……?」

 時折覗かせるエレノールの毒舌がガイザに向けられる。彼女の言葉に主人を守ろうという意図があったかどうかは定かでない。

 慌てるガイザを見て、ラーソルバールは思わず失笑を漏らす。

「と、冗談はさておき、その晩餐会に着て行くお嬢様の衣装を購入しに来たんです」

 エレノールはガイザを一瞥すると、視線をラーソルバールに戻した。

「……なるほど。それにしても、やけにギリギリだな」

 と、ガイザが苦笑したのには理由が有る。


 貴族の多くは、必要なものがあれば商人たちを自らの邸宅まで呼び寄せ、選りすぐった商品を持ち込ませて、その中から気に入ったものを購入するのが一般的だ。

 だが「あの家は浪費家らしい」とか「あの商人との関係は……」「あの人の趣味は……」などと余計な噂が立つこともある。

 ラーソルバールは父親のクレストを見倣ってか、基本的に商人を呼び寄せた事は無い。自身が騎士団に勤務しているために時間的に合わせにくいという事も有るが、そうした多々の厄介事を避けたいというのが大きな理由でもある。


「通達が来たのも遅かったし、できれば騎士団の任務という理由で断れないかと軍務省に掛け合ってたんだけど、昨日の夕方に却下の連絡がきたの」

「なるほど。そもそも今回は王家直々の招待だし、軍務省も面倒な折衝は避けたかったんだろうな。うん、引き留めて悪かった」

 苦笑した後、納得したようにガイザは小さくうなずくと、幼馴染におざなりな敬礼をして去っていった。


 この「カレルロッサの反乱貴族の残党動く」という報で動いた騎士団だったが、結局この日は何事もなく夜を迎えることとなった。だが、この一連の動きが火種となり後に大きな騒動に発展することになろうとは、この時ラーソルバールは知る由もなかった。


 この日の夕刻、王城へ迎え入れられたアリアーナ王女はヴァストールの国王との会談を無難に終えると、双方の要人を揃えた調印式へと臨んだ。

 ずらりと並んだ大臣らの中から一人がゆっくりと歩み寄る。 

「疑問点などがございましたら仰ってください」

 同盟に関する書簡を手渡しつつ、宰相メッサーハイトが言葉を添えた。

「有難うございます。内容は事前協議した通りですわよね?」

「はい。変更点はありません」

 確認するようにアリアーナは書簡を広げ、軽く目を通す。

「……はい、問題ありませんね」

 事前に双方で調整された内容だけに異論が出るような条項はなく、アリアーナは証書にサインしてから特使の印を横に添え、メッサーハイトに手渡す。次にヴァストール国王のサインのある書面を受け取ると、同様に自らの名を記入し、印を押した。

「正式に帝国に立ち向かう友ができたことを嬉しく思う」

「こちらこそ、小国と侮ることなく友と呼んで頂けることを嬉しく思います」

 ヴァストール国王の差し出した手を握ると笑顔で応じ、そして優雅に頭を下げた。

 ひとつの役目を終えた王女は、横で見守っていたヴァストールの王子二人をちらりを見やると、意味ありげに笑顔を向ける。彼らの表情が変わる事を期待していたものの、返ってきたのは外交儀礼的な笑顔と会釈だけだった。

「明日の晩餐会が勝負かしらね」

 アリアーナは何かを期すように小さくつぶやいた。


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