(三)調印式①
(三)
王都エイルディアをの街路を豪華な馬車が駆け抜けるのは、王都に住まう人々にとっては日常の出来事である。護衛を多く引き連れた馬車なども見慣れており、それがどこの貴族だなどと気を配ることも無い。
更に他国の外交団も度々王城を訪れるため、馬車に描かれた家紋を見て判別できるのは、ほんの一握りの者達であったろう。
故に、ナッセンブローグ王家の家紋が描かれた多少豪華な馬車数台が、護衛の騎士を伴って王城へ向けて走っていたころで、誰も違和感を抱くことも無かったに違いない。
同盟を阻止しようと使節団の襲撃を画策する者が居たかもしれない。だが、護衛についた騎士団の警戒は厳しく、不審者が容易に近付けるようなものではなかった。
「これはまた、活気のある美しい城下町だこと……」
アリアーナ王女は馬車のカーテンの隙間から王都の街並みと人々を眺め、感嘆の声を漏らした。
そのままカーテンを持ち上げて街並みを眺めていると、護衛についていたヴァストールの騎士と目が合ってしまい、王女は照れくさそうに笑顔を向けて手を振った。
会釈のみを返しまた周囲に視線を戻した騎士を見たあと、王女は馬車内の侍従に向き直った。
「護衛についてくださっている騎士の中に、例の女性騎士は居るのかしら?」
「詳しいことは分かりかねますが、護衛についているのは第一騎士団の方々だそうです」
「……あら、残念。噂だと第二騎士団に所属している……とかいう話だから会えないのね」
少し残念そうに王女は視線を落とした。
「エイルディア滞在中にその人物に接触できる機会があるかもしれませんね」
「彼女だけではないけど、いい事が有るかしらね」
段々と近づく王城を見やり、王女は小さく答えた。
丁度その頃、ラーソルバールはエレノールを伴い街に出ていた。
「わざわざ大通りを避けて、こんな裏路地の衣料品店などを選ばれなくとも……」
「今日は面倒ごとを避けたいし、あっちは足止めされたり余計な時間がかかる可能性があるから。それに、父上の服も時々買ってた昔馴染みの店なの」
エレノールの言葉には丁寧に答えつつも、足早に歩くラーソルバールの表情はやや曇り気味である。それにはある事情があるのだが。
「おや、そこを行くお嬢様方」
脇道から不意に声を掛けられて、ラーソルバールは足を止めた。
「ああ、ガイザ……」
「よう、久し振り……って、反応薄いな。どうした?」
周囲を見回しつつ現れたガイザだったが、二人の様子を見るなり苦笑いしながら首を傾げた。
「あぁ……ちょっと、ね……」
ラーソルバールの歯切れの悪い反応に、ガイザは隣のエレノールを見やったが、彼女は黙したまま肩をすくめてみせた。
「で、ガイザは今日は休暇なの?」
都合の悪いことを誤魔化すようにラーソルバールは質問で返した。
「あ、いや違う」
そう言いつつ、ガイザは耳を貸せと言わんばかりに手招きをして見せる。
「……ん?」
ラーソルバールはガイザに歩み寄ると、顔を近づけた。その一瞬、エレノールからはガイザの顔がやや紅くなったように見えたが、あえて気付かぬふりをする。
「……どうやら特務庁から、カレルロッサの反乱貴族の残党が何やら水面下で動き回ってるって話が来たらしくてな、ナッセンブローグとの交渉に際に変な事をしでかさないよう、第七が極秘で警備に駆り出されたんだよ。で、私服警備巡回中……」
「おりょ、そんな警備の話聞いてないな」
別の団の秘匿任務なのだから聞いたことが無いのは当然なのだが、同じ騎士相手とは言え、その事をさらりと漏らしてしまうのはどうなのか、と思わなくもないが、それよりも話の内容が気になった。
誰かに聞かれてないかと周囲を伺うが、少し離れた場所にガイザと同じく第七に配属された同期の姿が見えた程度で、他に怪しげな人物は見当たらない。
「それ、本当に動く気なら帝国の思惑が絡んでるって事でしょ?」
今動くとすれば、ナッセンブローグとの同盟の妨害か、帝国の本格侵攻前に国内を荒らすことか。
「まあ、普通に考えればそうなるよな」
「え? もしかして帝国に意識が行ってる間に乗っ取りでも考えてるってこと?」
「その可能性の方が高いらしい……」
ラーソルバールはよろけるように一歩後退すると、頭を抑えて大きくため息をついた。
反乱貴族たちにどれだけの力が有るのかは読めないが、仮に思惑通り乗っ取りに成功したところで国内は混乱したままとなる。だが、それではその後やってくるであろう帝国の侵攻に抗えるはずもない。一瞬の権力を手に入れたところで、座るべき椅子をすぐに奪われては何の意味も無いではないか。
「目先の事しか見えてないんだろうな。権力を奪ってしまえば帝国とは交渉でどうにかなるとか考えてるんじゃないか」
深く考える素地が有れば、彼らもあのような安易な反乱は起こさなかっただろうとは思う。自分たちのやっていることが、自らが育った国を滅ぼす事になるという認識すらないのだろうか。あるいはそれすらも織り込み済みだったのか。
かつての彼らの愚行に付き合わされた人々を思い、ラーソルバールはやりきれなさを感じずにはいられなかった。




