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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 :第五十二章 戦場の雪の色は

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(一)寒風の運ぶもの②

 エラゼルが語ったそれは、噂話に過ぎないと断じるだけの根拠もない。

 確かに王女自らが隣国に足を運ぶとなれば、そう邪推されても不思議ではない。ともあれ、仮にそれが事実だったとしても、この折に婚約に至るとは思えない。現実的に考えるなら対象者の素行調査、といったところになるだろうか。

「はぁ、なるほど……」

 エラゼルの言葉からかなり間を置いてから、ラーソルバールは気の抜けたような返事をする。それもエラゼルの想定内だったのか。彼女は答えを言ってみろとばかりに、余裕たっぷりに微笑むと、茶を口に運んだ。


 答えは迷うまでもない。向こうの王族が嫁ぐにふさわしく、加えて今後の国家間の連携をも考慮するとあれば、当然ながら相手は限られてくる。

「お相手は王族。公爵令息となられたサンラッド様は恐らく対象外だろうから、残るのは必然的にウォルスター殿下になる訳で……」

 そこまで口にして、ラーソルバールは言葉を止めた。

 エラゼルはその様子を横目に目の前の焼き菓子に手を伸ばすと、小さく苦笑いを浮かべた。

「そう、まさに政略結婚そのものではないか、と思うてな」

 そう語る彼女は、自分は国の方針で選ばれた結婚相手だが、政略結婚のつもりは無いと主張しているかのように見えた。

「傍目にはそう見えるよね」

「ふむ。ということで……その話が本当であるなら、兄妹のように育った……いや義弟となる人の幸せのために、少々邪魔をしてやろうかと思うてな」

 エラゼルに目配せされて、ラーソルバールは苦笑いを浮かべた。

「また、悪い顔をして……」

「悪女になるつもりはないから安心せよ。それに、じゃじゃ馬のラーソルバールとしても、王宮の催し事でエスコートして貰える相手が居なくなるのは困るであろう?」

「じゃじゃ馬て……。いやいや、そもそもそんな心配はいりません!」

 慌てて否定すると、ラーソルバールは動揺を誤魔化すように茶を飲む素振りをして見せた。

「あちっ……」

 気もそぞろに飲もうとしたため、上唇に熱めの茶が触れて小さく声を漏らした。

 してやったりとばかりに笑うエラゼルに、悔しそうに視線をやる。

「……それより、今日はそんな話をするために来たの?」

「いや、違うが?」

 間髪を入れず、あっけらかんと言ってのけると、エラゼルは今まで手にしていた小さな焼き菓子を口に放り込んだ。

「……ん?」

 少し肩透かしを食らったような気になったが、エラゼルの事だけに今までの話が何か思惑が有っての事だろうと考えつつ、ラーソルバールは首を傾げた。エラゼルはその様子さえも楽しむように微笑みを浮かべると、優雅にひとくちだけ茶を飲み込んだ。


「さて、冗談はさておき。国を取り巻く今の状況をどう考えておるか、そのすり合わせをしようかと思うてな」

 凛とした表情に王太子の婚約者としての責任感が加わり、他の令嬢からは感じられないような存在感がそこにあった。

「騎士団本部だけでは見えなこともあるけど……」

「もとより、承知の上。私も学園や王宮だけでは見えないこともある」

「まずは、騎士団本部にあった帝国軍の国力推計から、今回の出兵数とそれに対する対応方法は……」

 騎士学校時代は様々な戦略、戦術論を寝る間を惜しんで語り合ったものだが、今は置かれた立場が違う。

 それでも二人は必要に迫られて、騎士学校卒業後初というような議論を始めたのだが、おおよそ年頃の娘ふたりが話す内容ではない事に両者とも気付いていない。

 男爵という肩書があっても、騎士団の中隊長程度ではどうにもできない全体的な戦略の組み立ても、王太子の婚約者の立場からなら僅かなりとも国の方針に助言ができる。

 帝国という大きな相手に立ち向かうには、小さ過ぎる抵抗かもしれない。分かっていても、積み重ねが何かを生むと信じて進むしかないのだ。


「帝国を孤立させるよう、国同士が連携して包囲網を作り上げる事が出来れば良いのだけど。現状、各国同士でもそう簡単な話じゃないからね」

「我が国としては、運良くレンドバールとは同盟まで持っていくことができそうではあるが、同じく剣を交えたゼストアの方はそう上手くはいかぬだろうしな……」

 ヴァストールとゼストアのように昔から折り合いの悪い国家もあり、帝国寄りの姿勢を見せる国家も有る。大同団結して帝国に立ち向かうというのは、理想論でしかないという事をラーソルバールも理解しているつもりではあるのだが、今はそれを夢や理想で終わらせるわけにはいかないのである。


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