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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 :第五十一章 野心の先

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(一)皇帝①

(一)


 バハール帝国。

 それは大陸において現在最も大きな版図を持つ、建国三百年を超える国家である。

 首都アルムドルトは、ヴァストール王国から見て北西にかなり離れた距離に位置しており、大陸最大の都市として知られている。その中央部にある皇城は皇帝の権威の象徴として幾度も増築が繰り返され、今では他国の王城と比して倍以上となるであろう威容を誇っていた。


 新年を迎えたこの日の午後、皇城敷地内に建てられた宮殿で貴族たちを集めた恒例の新年の宴が行われる予定となっていたのだが、その開始時刻よりも少し前のこと。

 宮殿内の議場には宰相、大臣、軍上層部、一部の高位貴族らが集められていた。

 皇帝は予定時刻よりやや遅れて彼らの前に姿を現すと、新年の挨拶を手短に済ませた後、次のような発言をして出席者たちを驚かせた。


「西方戦線がある程度落ち着いた事を勘案し、帝国は本年より南方へと兵を進めることをここに宣言する」


 皇帝の言葉が終わるや否や、議場の中が騒然とする。

 昨年まで続いていた西方戦線は一段落したとはいえ、大規模な軍事行動を起こした後だけに兵もやや疲弊しており、軍需物資や軍資金も潤沢といえる状況まで戻っているわけでもない。加えて、西方では未だに小規模ながら抵抗勢力との戦闘が行われている。にも拘わらず、皇帝はなぜ事を急くのか。

 大臣たちの視線が出席している軍上層部へと向けられる。己が手柄の為に余計な具申でもしたのかという疑いの眼差しに対し、彼らもまた同様に困惑した表情を返すことで自らの潔白を示していた。

 臨席していたゼオラグリオとドグランジェも、皇帝がいつかはその意向を明らかにするだろうとは考えていたが、予想よりも早くこのような場で明確に指針を示したことに驚きを隠せずにいた。


 この発言は「皇帝の独断である」誰もがその思考に辿り着く。

 誰かが皇帝を止めなければならない。

 宰相マディニカル・アフルールは、躊躇いながらも異を唱えようと手を挙げた。


 現皇帝、リシャルド・グリモス・バハムディールⅡ世。第十八代の皇帝であり初代皇帝の名を受け継ぐ彼は、比較的温厚で和平志向のあった先代の皇帝であった父とは相反する冷酷な野心家として知られている。

 父であった先代皇帝が五十歳を目前に急逝したことに伴い、皇太子とはいえまだ二十代であった彼が帝位についたのは今から五年前のこと。

 帝位につくなり彼は、当時国家間が険悪であった隣国オルアムール王国に対していきなり宣戦布告をすると、即座に自ら軍を率いてひと月と経たずに攻め滅ぼしてしまったのである。

 まさに自身の皇帝としての地歩を固めると同時に、その権威を見せつけるが如く強引な手段とはいえ、穀倉地帯でもあった肥沃な国土を自らの力で見事に手中に収めたのだった。

 その後も、国内の統治などに才を見せたが、各国に対し国力を武器とした威圧外交を繰り返し、それまでの帝国の方針を一転させるやり方に不満を募らせる者も現れるようになっていった。

 こうした帝国の大きな方針転換は不満だけでなく疑念を生み、国内外問わずに「皇帝は自らの野心の為に父を弑逆したのではないか」と囁かれるようになる。

 無論、国内で悪し様に言う者が居れば、命は取られないまでもほぼ無条件で獄へと送られたので、人々は新皇帝を恐れるようになっていった。


 直言すれば地位だけでなく全てを失うかもしれない、という恐怖感が臣下の中で生まれないはずがない。

 宰相が皇帝を恐れずに意見具申するのかと、周囲の視線が集まった。

「皇帝陛下におかれましては、何故そう侵攻をお急ぎになられるのですか?」

 皇帝の不興を買うような言葉に、誰もが黙した。

「……ふむ。これは機というやつだ。そのうちに南方も手中にと考えていたのだが、ここのところあの辺りがやや騒がしい様子なので、丁度良いかと思ってな」

 皆の不安を意に介さぬように、穏やかな表情で皇帝は答えた。

 一番戦禍にさらされたのはヴァストール王国であったのは間違いないが、いずれの戦いも痛手という程ではなかった。

 また、ヴァストール王国に絡む紛争を除いても、各国で小規模な軍事衝突が発生していたのは事実だった。だが、どこも大火傷という程の損害は無く、小さな火のうちに鎮火したと言える状況だった。

「諜報部の者の報告通りであれば、各国ともそれ程疲弊している様子では無いと推察致しますが」

 宰相は皇帝の逆鱗に触れぬよう言葉を選ぶ。

「先だって南方へ派遣していた者の武勇伝を聞いたら、この身が疼いてな」

「その者が何を語ったかは存じませぬが、例え戦になろうとも御身が戦場に向かわれることは許容できません」

 楽しそうに笑う皇帝に、宰相は苦言を呈した。

『もしやロスカールの阿呆が、陛下に何か吹き込んだのか……?』

 ゼオラグリオは苛立ちに頭を押さえつつ、小さな声でドグランジェに尋ねた。

『それはまあ楽しそうにゼストアでの戦の話をしておったわ』

『……それが原因か』

 ゼオラグリオは周囲に気づかれないよう、呆れ気味に小さくため息をついた。


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