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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第五十章 それは何色か

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(四)剣に乗せた思い③

 夕刻、宿舎に入ったあと借りてきた砦の蔵書を読んでいたラーソルバールだったが、沈黙の時間は部屋の扉を叩く音で破られた。

「ミルエルシ一月官、よろしいですか?」

「……はい、何でしょうか?」

 扉の外から聞こえる声は、部下のものではない。この時間に誰が何の用なのだろうかと首を傾げつつも、ラーソルバールは扉を開けた。

「お休みの所申し訳ありません。少しお時間を頂けますか?」

 廊下に立っていたのはランドルフ付きの情報官のひとり、ベルメッサー三星官だった。

「はぁ……。休んでいただけなので特に問題はありませんが」

 夕食を終えてから然程時間も経っておらず、まだ制服を着ている。とはいえ面倒事ならば歓迎できない。何かランドルフからの妙な命令でも出たのかと身構える。

「実は……捕虜であるグスターク将軍が、貴女に面会を求めておられます。本件は団長から認可を得ており、可否は本人の意思に任せるとの事でした」

「はい……」

 返事をしたはいいが、どうしたものだろうか。ラーソルバールは困惑し、思案するように顎に手をあてた。

「どうされますか?」

 ベルメッサーは催促するように尋ねる。あまり好意的とは言えない視線に、彼の抱える不満のようなものが透けて見えた。

「では、この件をお受けします。が、当然その場に団長も同席されるのですよね?」

 眼前の相手の腹の中が見えないので、ラーソルバールはあえて笑顔を作って答える。

 捕虜の要望とはいえ、中隊長程度が一人で会って良い人物ではない。それに加えて、後々「敵軍の将と何を話していたのか」と痛くもない腹を探られるような事態になるのは避けたい。

「……それは、団長に確認致しませんと……」

 ラーソルバールの返答が想定外だった訳では無いだろうが、ベルメッサーはやや口篭る様子を見せた。結局、この時彼に何か思うところが有ったのかは分からず仕舞いとなるのだが、グスタークとの面会はランドルフを伴うということで決着するに至る。


 そして半刻後、ラーソルバールは接見用にあてがわれた部屋に居た。


「団長、無理を言って申し訳ありません」

「いや、構わんよ。ゼストアの将と直接話す機会など貴重だろうしな。それにお前さんを名指しというのは何の用が有るのか気になる」

「あはは……」

 ラーソルバールが苦笑いし、次の言葉を続けようとしたところで部屋の外から呼びかけられた。

「団長、グスターク将軍をお連れしました」

 ランドルフが短く返事をすると、扉が開かれ警護の騎士と手枷を着けた状態のグスタークが現れた。

「この度は我儘に対し寛大な対応をしてくれた事に感謝致します」

 グスタークは短く礼を述べると頭を下げ、用意されていた椅子に腰掛けた。

「ラーソルバール・ミルエルシと申します。今更ですが、正式なご挨拶となりますね」

 挨拶を受け、険しい顔つきだったグスタークの顔にわずかに笑みが浮かんだ。

「ストリオ・グスタークと申す。相対するのは戦場で剣を交えてより幾度目の事でしょうかな」

 言葉通りなら、戦場で自らを倒した相手だと知った上での面会要求という事になる。何を意図しての事か、その表情からは読み取ることはできない。

「それで……。早速なのですが、ご用件とは?」

「ああ、そうでしたな。……先日見た貴女の剣は手を抜いているのは明らかだったが、戦場で私が相対したのは貴女であろうと確信することができた。そして聞きたかったのだ……。あれ程の腕を持っているなら何故あの時、私を殺さなかったのだ? 敗れた将に生き恥を晒せという意味か?」

 やや興奮気味に詰め寄るグスタークに対し、ラーソルバールは苦笑いを浮かべた。

「いえ……。私もあの時は限界でしたし、グスターク将軍が負傷されていたから私は運良く勝てた、というだけです。そして、もしあの時に貴方の命を奪っていれば、砦内で戦って居たゼストア兵は死をも厭わずに最後まで抗い続けたかもしれません。そうなれば、我が方にも大きな損害が出ていたでしょうから。……敵であった私が言うのも何ですが、生きていればこそ恥辱を雪ぐ機会も有りましょう?」

 そう答えたラーソルバールだったが、あの時モンセントの死様が脳裏をよぎらなかったかといえば嘘になる。甘い判断だったと言われても反論する事もできない。だが、それでもグスタークの問いに対しての答えに嘘は無い。敵味方問わず、あの状況での最善の方法だったと信じている。

「そうか……」

 グスタークは一呼吸おいたものの答えに一定の理解を示したのか、唸るように短く答えた。功を焦るあまり自軍の兵を危険に晒し、無駄に命を散らせた事に対する悔恨が事も理解を後押ししたのかもしれない。

 表情を崩したグスタークはこの後、僅かな時間だが他愛もない話を楽しそうに続けた。


 そして、面会終了刻限が終わろうという頃。

「これは独り言だが……。我が軍に厄介な客将がいたことからも分かるように、今回の戦は帝国がヴァストールの弱体化を企図して、我が国に圧力をかけて背後から動かした形になる。帝国は機会を伺いつつ、肥沃なヴァストールの併呑を狙っていると見て良いだろう」

 グスタークの言葉にラーソルバールは動じる事なく黙ってうなずいた。

 レンドバールが動いた時から、いや現皇帝が西方に兵を進めた時から、いずれはと覚悟はしていた。出来ればそれを回避したいと願いつつも、もう時間は残されていないというのは肌で感じている。

「その次は……。いえ、ともすればその前に貴国かもしれません。今後は過去の因果に囚われず賢明なご判断を……」

 ラーソルバールが全てを言い終わる前に、グスタークは小さくうなずいた。

「国内を調整しろと。ふむ、それが生かされた事の意味かもしれんな……」

 笑顔で面会を終えた彼は、翌日の午後迎えにやってきたゼストア王国の一団と共に、砦を去っていった。


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