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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第五十章 それは何色か

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(一)裏側にあるもの③

 事件直後に話は戻る。

 騒然とする人々の間をすり抜け、ウォルスターがラーソルバールに付き添うように会場を出たのを見届けた国王は、次のような言葉で二人が余計な噂の的とならぬよう、先手を打った。

「事件が起きたことは大変遺憾ではあるが、大きな怪我をした者が居ないようで安堵している。本日、婚約者補の二人にはそれぞれウォルスターとサンラッドがパートナーとして付いていたが、彼らは目の届く範囲で護衛代わりに随伴するよう事前に申し合わせてあった。にも関わらず、一人が不幸にも事件に巻き込まれてしまった。ウォルスターはその分最後まで責を果たす必要が有るので、彼が会場を離れることを御理解頂きたい」

 ざわめく会場はその言葉の後で何とか平静を取り戻したものの、結局ダンスなどの時間は割愛され、宴は予定よりも早く終了する事になるのだが……。

 エラゼルは国王の脇で不安と怒りとで、苛立ちを募らせていた。無論、怒りの矛先はラーソルバールではなく、事件を起こした犯人と、この場を離れることの出来ない自身の立場に向けられたもの。

 事件の状況も、ラーソルバールがどの程度の怪我を負ったのかも分からない。自身の役目を終えて自由になれる時を待つしかなかった。



 救護に使われていた部屋は、救護の者達も既にほぼ退出し、残されたのはラーソルバールとウォルスター、そして彼の護衛である衛士が数名だけとなっていた。

 ウォルスターの横で深いため息をついたあと、ラーソルバールは心の内を吐露するようにつぶやく。

「原因はどうあれ大事になったことで、せっかくの宴を台無しにしてしまいました……。エラゼルにも王太子殿下にも顔向けできません」

 エラゼルが自分に対し怒りを向ける事は無いだろうと思っている。だからこそ、申し訳ないという気持ちで一杯になるのだ。

「そう思うなら、本人に直接言えば良いのではないか?」

 ウォルスターは事も無げに言うと、腕を組んでから背もたれに寄りかかった。

「それは……」

 言いかけたところで入り口の扉を叩く音が響き、ウォルスターが視線をやった直後だった。

「ラーソルバールっ!」

 ノックの応えが待てぬというような勢いで扉を開けて、エラゼルが室内に飛び込んできた。

「エラゼル……。何をそんなに慌てているの?」

 少々身構えつつも、苦笑を浮かべて迎える。

「何を、ではない! 怪我は、体の具合はどうなのか!」

 ウォルスターが居るにも拘わらず、言葉遣いに気をつけなかったのは、エラゼルが慌てていた証左であろう。

「私は大丈夫だから……。ほら、殿下の前だから落ち着いて……」

 そうラーソルバールに諭すように言われて、ようやくエラゼルは落ち着きを取り戻した。

「父君が挨拶に来られた時に『娘は大丈夫』としか仰らなかったから、怪我の具合も分からないままでだな……」

 エラゼルが焦るのも無理はない。

 恐らく父としては、限られた挨拶の時間で二人を心配させないよう手短に答えたつもりなのだろうが、余計に状況が分からなくしただけなのかもしれない。

 娘である自身と同じく、色々と不器用な父らしいと思えた。

「切り傷程度だったから、治癒してもらってもう大丈夫……。それより……大事な宴がこんな事になってしまって、申し訳無くて……んっ?」

 うつむき加減のラーソルバールの唇を右手の人差し指で抑えると、エラゼルはそのまま優しく包みこむように抱擁する。

「誰もお前を責めなどしない……。軽い怪我程度で済んだのなら何よりだった……」

 強がってか「心配した」とは言わないが、薄っすらと涙を浮かべつつ、エラゼルはラーソルバールの頬に自らの頬を寄せた。


 咳払いの後にウォルスターは苦笑いを浮かべ、娘二人の顔を交互に眺めた。

「お前たちは恋人か何かか?」

「え?」

 冗談とも本気ともつかぬ問いかけに、ラーソルバールとエラゼルの視線が同時にウォルスターへと向けられた。

「ちが……」

「似たようなものです」

 慌てて否定しようとしたラーソルバールの言葉を遮るように、エラゼルが問いに真顔で答える。

「いやいや、違うでしょ!」

 冗談でも言いすぎではないか。驚いたラーソルバールは頬を紅潮させながらエラゼルの鼻をつまんだ。

「はにをすふのか!」

「余計な冗談を言ってないで、さっさと王太子殿下の所に戻りなさい。私の事はいいから、陛下や殿下達をお待たせしない!」

 抗議するエラゼルの鼻から手を離すと、笑顔でたしなめた。

 彼女は将来の王太子妃であり、こうして二人でじゃれ合っていられるのもあと僅かだと思うと、ラーソルバールの心に寂しさがこみ上げる。

「また後で控室に顔を出すから、シェラと待っておれ……」

 短い時間で追い返される事になったエラゼルは、何度か振り返りつつも不満そうに扉を開けて出て行ったのだった。

「飼い馴らしているな……」

 ウォルスターはラーソルバールに聞こえないよう、小さくつぶやきながら笑みを浮かべた。


 翌日、この事件の影響もあり、王家主催の新年会は「三つの戦争における戦死者とその家族への配慮」という名目での中止が発表される事になる。


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