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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第五十章 それは何色か

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(一)裏側にあるもの②

 ラーソルバールの切り返しに、ウォルスターは苦笑いを浮かべた。

「命を狙われた直後なのだから、今日くらいは大人しく私の庇護下にあればいいのではないか?」

「……と仰られましても、どこの国に王族に身を守って頂く騎士が居りましょうか?」

 王子の言葉とはいえ、ラーソルバールにも騎士としての矜持と言うものが有る。

 面倒事を避けて貰う虫除けならばともかく、命を狙われているという理由であっても本来守るべき王族の背に隠れるような真似はしたくない。

「今日は騎士では無く、ただの娘として、兄上の婚約者……の補欠として居るということだ。まあ結局は、私がそうしたいだけだ。気にするな」

 ウォルスターはそう言って笑顔を向け、ラーソルバールの言葉を封じた。

 色々な思惑は有るのだろうが、今はウォルスターの優しさだと受け取っておけばいい。ラーソルバールは黙ってうなずくことにした。

 それで納得したのか、ウォルスターは首をひとつ縦に振る。

「まあ、偉そうに庇護すると言っておきながら何だが、私やサンラッドが近くに居たことが、事件を引き起こした原因でもあると理解しているつもりだ。少なからず私に責任があると思っている」

 王子が自らの非を認めると言ったので、ラーソルバールは少なからず驚いた。王家の人間は臣下に弱みを見せないものだと思っていたからだ。

 先程まで不機嫌だったのは、そうした自責の念があったからという事か。


 ウォルスターは苛立ちか、ばつの悪さからか頭を掻いて髪を乱す。

「何にせよ、大きな怪我でなくて良かった」

「はい、おかげさまで。先程の近衛の方が身を挺して庇って下さったおかげです」

 身を挺して庇ってくれた近衛兵も、先程まで手当を受けていたが、職務優先という事で手当てもそこそこに現場へと戻って行ってしまった。

 彼は男爵家の五男で近衛になってまだ二年目だと語っていた。慌ただしさの中で、ちゃんとした礼もできずじまいだったので、後で謝礼の品を送ろうかと考えている。

「ふむ、彼には褒賞を出すように言っておこう」

 こういうところに心遣いができる王族と言うのは立派なものだ。ラーソルバールは素直に感心する。


「それと、気になっていたことが有るのだが……」

「何でございましょう?」

 話を切り替えると同時にウォルスターの表情から笑みが消えたので、ラーソルバールは少し身構えた。

「先程の件なのだが……。現場の惨状を見ると、状況によっては投げた本人もただでは済まなかっただろうと思うのだが」

「本人もそこまでの物だと知らなかった、という事でしょう」

「とすると、使用方法を把握していなかったか、もしくは自分で用意した物では無かったということか」

 会場への武器の持ち込みは禁止されているものの、貴族相手だけに厳密な身体検査を行っている訳ではない。小瓶程度の手に納まるような物などは衣服の中に隠しておけば持ち込む事自体は難しい訳ではない。それだけに誰が持ち込んだのかを特定するのは容易ではないだろう。

「ああいう物が店先で堂々と売られているとは思えません。裏で入手するのであれば、取引相手を大事にするためそれなりの使用説明が有るかと思いますが」

「だろうな。となれば、あの娘は誰かにいいように使われたという可能性が高いか。まあ捜査はしっかりと行われるだろうから、ここで話しても詮無い事だな……」

 大きな事件に発展してしまったが、駒として使われたと思えば相手の事も不憫に思えてくる。だが王家主催の会、それも王太子の婚約披露の場で引き起こした事件。しかも爆発に巻き込まれた被害者が多数いる以上、当事者であるとはいえラーソルバールがどうこう出来る問題ではない。


 貴族の娘としては、王家や上位の貴族に嫁ぐという目標があるのだろう。それも自身の恋心でも重なれば誰にも譲りたくないはず。その思いが悪い形で出てしまったということだ。自身が狙われたとはいえ、彼女の行動も理解できなくはない。

 ふとラーソルバールは自身に問いかける。彼女と同じように胸の内でアシェルタートへの恋心が揺り動かされた時、自分はどうするのだろうか、と。


「そう暗い顔をするな。もう会も終わった頃だろうから、うるさいのが来るぞ」

 ウォルスターに声を掛けられて、ラーソルバールは我に返った。

「……うるさいの? ですか?」

 誰をさすのかと思い巡らせるとひとりの顔が思い浮かび、少し心がざわついた。


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