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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十八章 つむじ風

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(三)風に踊る青葉のように③

 シェラとフォルテシアが席について間もなく、他の招待客が現れ始めた。

「ディナレスは都合がつかなくて来られないと連絡が有った」

「残念だね」

 次々とやってくる人々に視線を投げかけつつ、ラーソルバールは小さく吐息を漏らす。

 この日は招待客の人数が少ないため、部屋の中心部に人数分の席が用意されている。主役のエラゼルを含めて個々の席割りなどは決まっておらず、客は思い思いの場所に腰掛けていく。

 そんな中、四人が囲んでいた卓に一人の女性がやってきた。

「まあまあ、今年も可愛らしいお嬢様達が揃って、本当に見ているだけで嬉しくなるわ。皆様、これからも無愛想な妹をよろしくお願いしますね」

 冗談めかして笑うイリアナに、エラゼルは何も言い返すことが出来ない。家族の中では立場的に姉の方が優位なのだという事がよく分かる。

「イリアナ様、お久しぶりで御座います」

 ラーソルバール達は慌てて立ち上がると、挨拶の言葉とともに頭を下げる。

「皆さんもお元気そうで何よりですわ。今年は当主を除いた未婚の男性は親戚でも呼んでいないから、煩わしい事は無いと思うので是非ゆっくりして行って頂戴ね」

 イリアナは声を弾ませつつ、この日の招待客について語った。


 二年前、社交界へのお披露目を兼ねた十五歳の誕生日だけは王太子らを招待したが、昨年からは招待していない。王太子不在の場であるが故に、婚約者として余計な風聞が出ないよう公爵家が考慮した結果である。

 もっとも、その恩恵を最も受けたのは他でもないイリアナだろう。

 妹二人がそれぞれ王家に嫁ぐ事になるのだから、今後の公爵家の影響力は計り知れないものになる。それだけに親戚筋の男達の中にもイリアナと婚姻して、公爵家の跡継ぎになろうと狙う者も少なくない。イリアナが一向に婿を取る様子が無い事も、その動きに拍車をかけている一因だろう。

 社交界での男性からの求婚に辟易しているせいか、それを気にしなくて良いとあって上機嫌な様子であった。


「お姉様、男性の目を気にしなくて良いからと、ご友人達と羽目を外さないようにしてくださいませ」

「はいはい、気を付けますね」

 いつの間にか背後に現れたルベーゼから釘を刺されると、イリアナは笑顔を浮かべつつも逃げるように去って行った。

「あれは飲む気ですよ」

 半ば浮かれて見えるイリアナの後ろ姿に、エラゼルは苦笑する。

「そうよねぇ、お姉様ばかりずるいわ……」

「ん……?」

 どの意味で「ずるい」のだろうか。真意をはかりかね、ラーソルバールは思わず声を漏らした。


 病弱ということで社交界に顔を出すことがほとんど無かったルベーゼにとって、友人と呼べる存在は皆無に等しい。社交的であり、友人の多いイリアナを羨ましく思うのも当然なのかもしれない。

 加えて、婚約者であるリファールもレンドバール王国に帰国したまま戻っていない。精力的に国内問題に取り組んでいるとは聞いているが、長年の想い叶って婚約したばかりでありながら、ただ待たされる身のルベーゼが寂しくない訳がない。

 一時はレンドバールが戦争行為を行ったため、ルベーゼとリファールの婚姻関係も白紙撤回されるべきではないか、という話も出た。だが王太子であるオーディエルト自らが、リファールこそが戦を勝利に導いた最大の功労者であり、今後の国交の為にも重要だと喧伝したことによって、そうした意見も沈静化していったのである。

 ルベーゼもエラゼルと同じく、ここは大人しくしていなければならない立場と言っていい。

「ルベーゼ様、酒のお供は出来かねますが、よろしければ私共にお付き合い願えませんでしょうか?」

「あら、お邪魔じゃないかしら?」

 ラーソルバールから誘いを受け、言葉に反してルベーゼは嬉しそうに椅子に腰掛けると、エラゼルはやや渋い顔でそれを許諾した。


 近くで見たルベーゼの美しさに、ラーソルバールも感嘆の声を漏らしそうになる。

 柔和な雰囲気を見せつつも、凛とした振る舞いを見せる彼女は姉とも妹とも違った雰囲気を纏っている。

 体が弱いというところは変わらないものの、呪いから解放されたルベーゼは顔色も良く、以前に比べて目に見えて健康になっており一段と美しさを増している。リファールの存在も彼女に良い影響を与えているのだろう。


 暫しの歓談の後、招待客が揃ったところでひとりの侍女がエラゼルのもとへとやって来た。

「ほら、今日の主役はそろそろ出番ですよ」

 ルベーゼに笑顔で急かされて、エラゼルは名残惜しそうに席を立った。

「あとで戻る」

 そう言い残して去って行ったエラゼル。

 将来の王太子妃として申し分の無い姿を招待客に見せ、この日をつつがなく乗り切ったのだった。


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