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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十八章 つむじ風

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(二)陽炎に似たり②

 噂話はエラゼルの耳に届いたように、ラーソルバールも知るところとなる。情報をもたらしたのはエレノールであった。

「今日、アルゼア子爵にお仕えしている友人に市場で会ったんですが、お嬢様を貶めるような噂が流れているそうで、子爵自ら噂を信じる事の無いようにと注意されたとのことでした」

「噂って?」

 お茶をカップに注ぎながら憤るエレノールに、ラーソルバールは苦笑いしながら問い返した。

「爵位を戦功を水増しして得たとか、お金で買ったとか、それ以外にも聞くに堪えないようなものがあるそうで……」

「まあ、以前から似たような話はたまに流れてるからね……。でも、今回ばかりは心当たりが無い訳ではないけど」

「先日の件ですか?」

 エレノールが尋ねると、ラーソルバールは机の上にあった封書を手に取り、エレノールに差し出した。

「これは今朝届いたものですね?」

「そう、差出人は法務大臣のライアード伯爵」

 ラーソルバールはカップを手に取ると、小さくため息をついた。

 その様子を横目に、エレノールは封筒から書面を取り出すと、やや遠慮しがちに広げる。そして書面に記されていた文を読み終えると、眉間にしわを寄せて怒りを露わにした。

「……なるほど『鹿、自省することなし。気を付けられたし』ですか。この鹿というのが、事故を起こした貴族ということですか」

「そうだと思う。調べたんだけど、あの家紋はベッセンダーク伯爵家のもの。噂を流すくらいで済むなら楽なんだけどね……。フルールノ商会の方も心配……」

 ラーソルバールは憂慮するように表情を曇らせると、苛立ちを誤魔化すように前髪を弄んだ。


 貴族達の一部では、ラーソルバールに関する噂は面白おかしく囁かれるようになったが、大司教マリザラングやベッセンダーク伯爵らが期待した程、一般層に浸透することは無かった。

 その大きな要因となったのは騎士や一般兵の存在。

 実際に戦場に赴いた彼らのほとんどが平民層であり、自分達が目にした事を周囲の人々に英雄譚のように語っていた事が、防波堤の役割を果たしたのである。

 人の噂とは歪んで伝わる事が多く、実際には虚実であることが多い。それだけに、実際に目で耳で肌で触れた事実が勝るのは当然の結果だったのかもしれない。



 翌日、休暇で自宅に居たラーソルバールを驚かせる出来事が起きる。

 朝から書斎で領地に関する資料に目を通しており、やや疲れを感じて休憩をしようかと考えていた時だった。

 馬の嘶く声に視線を窓の外へとやると、邸宅の前で下馬する二人の男達の姿が目に入った。先触れのない突然の来訪者に首を傾げたものの、良く見れば彼らは近衛騎士の制服に身を包んでいるではないか。

 ラーソルバールは慌ててエレノールを呼ぶと、自身も身なりを整え階段を下って玄関へと向かった。


 ラーソルバールが到着した時には、既に侍女のひとりが来訪者達を出迎えており、その対応に苦慮している様子が見てとれた。

「近衛の方々とお見受けいたしますが、当家に何の御用でしょうか?」

 ラーソルバールは歩み寄りながら注意深く声を掛ける。

 騎士団と近衛の相性が悪いからだけではない。近衛には貴族の子弟が多く、爵位を持つ身としても問題を起こさぬよう気を付ける必要がある。

 二人のうち茶色の髪の男はラーソルバールに気付くと帽子を取り、礼節を重んじる近衛式に頭を下げた。

「私は近衛所属のエルンガー・フィストと申します。クレスト・ミルエルシ男爵、ラーソルバール・ミルエルシ男爵の御二方に、来月催されます王太子殿下御婚約の宴への招待状をお持ちいたしました」

 エルンガーと名乗った男は、訝しむラーソルバールに笑顔を向けると、懐から封書を取り出した。


 彼の言葉にラーソルバールは眉をひそめた。通常であれば、近衛の人間ではなく相応の使者がやって来るだけのはずである。招待状は口実で、何か別の理由があるのだろうか。

 そして同行していた近衛のもう一人の男は、帽子を目深に被ったまま一歩下がった位置で、直立のまま微動だにしない。まだ若そうなので見習いなのだろうか、と余計な事まで考えてしまった。

「私がラーソルバールでございます。御用件は理解いたしましたが……、これを何故わざわざ近衛の方がお持ちになられたのか、伺ってもよろしいでしょうか?」

 ラーソルバールは一歩前に進み出ると、会釈して二通の封書を受け取ったが、抱えていた疑問をそのまま口にした。

「あー、いえ……。ある事情がありまして……」

 エルンガーは何やら言いづらそうに口籠る。とはいえ、そこに悪意が有るようには見えず、ラーソルバールは首を傾げた。


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