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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十七章 夏嵐去りて

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(四)火種②

「それで、今回の件であの国をどう見る……?」

 ゼオラグリオは真剣さを帯びた眼差しにで尋ねた。

 帝国の覇権を作り上げる上で、いずれ大きな障害になるだろうと見られているヴァストール王国。自身も一度は揺さぶりをかけたものの、結果として得るものは無かったという経験がある。

 謀略専門であるゼオラグリオと、軍事外交部門のドグランジェ。その目に映る物に果たして違いが有るのか。

「諜報から上がってきた報告を確認し、重要な情報を精査する必要があるものの、今回の手応えからすると、動くのは西方戦線の後片付けが終わってからという事になろうな」

 ドグランジェが表情を引き締めると、ゼオラグリオも意図を察したようにうなずく。

「それも、陛下の御心ひとつではあるが……な。厄介な国であることは間違いなさそうだな」

 二国を手玉にとった国を相手にするという不透明さに、ゼオラグリオは言葉を濁らせた。


 二人にはある程度の自由裁量が与えられているものの、その権限を越えての行動は基本的には許されていない。

 持っている権限の範囲内で水面下で交渉を行い圧力をかけるなど、ヴァストール王国への包囲網を構築しようとしたドグランジェだったが、ゼストア王国とレンドバール王国が潜在的に抱えていた、ヴァストール王国に対する敵愾心や国内事情を測り損なっていたのである。結果として予想外の早さで二国の暴発を招き、ただ戦争を煽った形となってしまった。

 軍事介入しようにも、近隣国に対して表立っての軍事行動を起こすには、皇帝の裁可が必要となる。事が起きた後で、慌てて裁可を申請したところで間に合うはずも無い。もっともドグランジェ自身が統括している戦力を投入し、事後承諾を取ることもできたのだが、国内事情も鑑み安全策をとったのである。

 西方戦線は各国の首都は制圧したものの、その国内には未だに反帝国を掲げた武装勢力がいくつも存在しており、帝国の統治に抵抗し続けている。ここで新たな戦火を生み出せば、それに割かれる戦力を用意する必要が有り、万が一の事態に対応できなくなる可能性がある。

今回の戦いで帝国が動かなかった理由がそこにある。


「とりあえずは新興派閥の奴らが、血の気の多い若造どもを使って軍事行動を起こさぬよう、しっかり監視せねばなるまい。軍部でも奴らが幅を利かせるようにはなったが、我々としても奴らの好きにさせる訳にはかんからな……」

「ふむ……。では手を組むか?」

 ゼオラグリオはニヤリと笑って見せた。

「……冗談はよせ」

 掌を踊らせ呆れたように返すと、ドグランジェはゆっくりと背もたれに寄り掛かった。

「ふん、つまらん奴め。……では、貴殿に良い事を教えて差し上げよう。ロスカールの奴がゼストアに滞在していたという話を聞いた。見かけたら土産話でも聞かせて貰うといい……」

 ゼオラグリオの言葉に、ドグランジェは黙って苦笑いで応えた。



 一方、ヴァストール王国でも今回の戦争を受けて、変化を見せる。

 シルネラの大使館からドグランジェ将軍が密かに各国を巡っている、という情報を手にしていたヴァストール王国の上層部では、今回の戦争そのものが帝国の介入による版図拡大の下地作りの一環だと考えていた。

 次の動きを座して待つわけにはいかないヴァストールは、ここで動いた。

 予てより国防に不安を抱えていた宰相メッサーハイト公爵は、この機会を好機と捕え、軍務大臣ナスターク侯爵と連名で『国防論』と冠した改革案を国王へと提出したのである。これは国全体の兵力増強と、国境近くの各領への兵の配備と、その経費の一部負担を全ての貴族に求めるというものであった。

 宰相と同様に帝国の動きを警戒していた国王は、即日全ての大臣を集めて協議し、一部の修正を加えたものの、ほぼ全面的にこの改革案を取り入れるという決断を下した。

 これがこの後、特定の貴族との間で小さくない軋轢を生むことになる。

 ヴァストールは二国を同時に戦って退けたのだから、帝国も恐ろしくて手を出せないだろうという根拠の無い理由付けがされるようになり、一部貴族の間では今回動かなかった帝国には軍事行動を行う気が無いはずだという楽観論が囁かれるようになってきていた。

 そこに「兵を雇い入れるので維持費を出せ」と言われたのである。「戦争など起きないのに、兵を雇う必要が有るのか」と、少なからず反発が出るのは当然の事だった。


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