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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十七章 夏嵐去りて

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(三)二つの凱旋と小さな誕生会②

 翌日、ミルエルシ邸の庭で小さな誕生会が開かれた。

 騎士学校時代の友人たちに加え、ディナレス、ファルデリアナという面々の姿もそこにあった。

 ガイザはまだベスカータ砦から帰還しておらず、エラゼルと第一騎士団に所属していたエミーナ、それに同行していたモルアールの姿もない。


「皆様、お集まりいただきましてありがとうございます。エラゼルとエミーナは遅れて来るそうですので……先に始めましょうか」

 全員の前にティーカップが置かれたところで、ラーソルバールは立ち上がり短い挨拶をする。

「ラーソル、おめでとう!」

 誕生会という事も有ってシェラが祝いの言葉をかげると、他の者もそれに続く。

「皆さんが無事帰還して何よりですわ。先程、第一騎士団が帰還したのを見てきましたので、エラゼル達もあと一刻も有ればこちらに来るのではないですか?」

 ファルデリアナはそう言うと、出された茶を優雅に飲み、その香りに満足げな表情を浮かべた。


 ファルデリアナがこの日の誘いを承諾したと最初に聞いた時、ラーソルバールは耳を疑った。確かに彼女に関しては、出征が無ければラーソルバール自身も声をかけるつもりではいた。だがその思いは出征前に軽く口にしただけだったので、エレノールがそれを察して招待しているとは思っていなかったし、ましてやその誘いをファルデリアナが承諾するとも思っていなかった。

 確かに敵対関係と言う位置付けではないにせよ、彼女との関係が良好だったとは言えない。王太子の婚約者候補騒動で距離が縮まった事で、ある程度彼女の感情的にも整理がついたという事なのだろうか。

 この日はフォルテシアらの貴族階級ではない者が居るにも関わらず、それを気にする様子も無く笑顔で応対する姿も見られた。そんなファルデリアナの横顔を見ながら、ラーソルバールは嬉しさに顔を綻ばせる。


「そのエラゼルの件なのですが……。何故、彼女は出征に同行したんでしょうか?」

 帰還してきた第一騎士団の中に、遠巻きではあったが王太子とエラゼルの姿が有るのをラーソルバール自身も確認した。

「……ご存知無いのですか? 父に聞いた話ですと、あの馬鹿娘……先の戦いで英雄扱いされている誰かさんを演じて、レンドバール兵に精神的な負荷を与える事を狙ったそうですよ……」

「え……あ、そう……ですか……」

 ファルデリアナの語るあまりに想定外な答えに、ラーソルバールは苦笑いするしかなかった。

「王太子妃殿下になろうという人が何をしているんだか……」

 シェラがやや呆れたように一つため息をつく。ラーソルバールもそれは同意するところだが、それがかえってエラゼルらしいとさえも思う。

「二つの戦いについて国内向けには戦勝報告はされましたが、詳細についてはまだ発表されていません。二つの国と同時に交戦したのですから、何をどの程度公表したら良いか悩ましいところでしょうね」

 公爵家であり国内で情報を収集できる立場だけに、ファルデリアナも知っていても口にできないところがあるのだろう。

 同様に、戦場に出た騎士としてのラーソルバール達も守秘義務が発生する。安易に戦場で有ったことを口にはできず、後々公表されると分かっていても言えないことが有る。

 そもそも出征中であったため、レンドバール軍との戦いについてはラーソルバールらも騎士という立場でありながら情報は殆ど知らされていない。故にエラゼルやリファールが戦場で果たした役割など知る機会も無かったのだが。

「そうですね。特にあちらはリファール殿下も関与されたとの事ですから……」

 ファルデリアナは黙って頷くと、再びティーカップに口をつける。

「何にせよ……これで西が落ち着いてくれるといいのですが」

 レンドバールについては軍を興した事情も、戦場での出来事や事態収拾方法も知らないが、厳しい国内事情の中での二度も敗北しただけに、国民の暴発を招かぬよう暫くは大人しくするしかないだろう。

「そこはエラゼルが教えてくれると思いますわ」

 話の続きを避けるように優美な笑顔を浮かべると、ファルデリアナは小さな焼き菓子に手を伸ばした。


 一刻ほどの後、デラネトゥスの家紋が描かれた馬車がミルエルシ邸の前に停まった。

「遅れて済まなかった」

 エレノールに導かれ、庭園に姿を現したエラゼルは優雅に頭を下げた。

「ううん、来てくれてありがとうエラゼル!」

 ラーソルバールは嬉しそうに応えた。

 王都への到着時間を考えれば、その後に汗を流し身支度を整える手間がかかるだけに決して遅い訳では無い。かえって急いで来たのではないかと思える程だ。

 それでも彼女の美しさが陰る事はない。整えられた髪に、華美過ぎず清楚な衣装に未来の王太子妃の姿が見えた。

「貴女方は……本当に戦場帰りなのかと思う程に顔に疲労が見えないですわね……」

 二人を見てやや呆れたようにファルデリアナは苦笑する。

「当然、騎士学校で鍛えられましたから!」

「散々、騎士学校で鍛えられたからです!」

 ラーソルバールとエラゼルの声が重なった。


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