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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十七章 夏嵐去りて

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(一)戦場に捧げる涙③

 ラーソルバールとシェラは別れ際の挨拶もそこそこに、同期の者達の言葉に従って傷病棟へと走りだした。後ろから同期の者達の声が聞こえた気がしたが、既に耳には入らない。

 傷病棟という事は生きているという事は間違いないが、命に係わる大きな怪我をしている可能性もある。ラーソルバールは気持ちについて来られないふらつく身体に苛立ちながらも、シェラの後を追う。

 間もなく傷病棟に到着し、受付を見つけるなりラーソルバールは担当官に詰め寄らんばかりに尋ねた。

「ガイザ・ドーンウィルは……第二十四小隊のドーンウィル一星官はここに居りますでしょうか?」

「……あ、はい、少々お待ちを……」

 勢いに押されるように、女性担当官は慌てて手元の治療名簿をめくる。

「……ああ、右手の第七治療室ですね……」

 担当官は引きつる笑顔で廊下を指し示した。


 二人が教えられた番号の木札が掛かった扉を開けると、大部屋の中で何人もの負傷者が居るのが見えた。

「よう、ラーソル、シェラ!」

 二人が見つけるよりも早く、聞こえてきたのは意外にも元気そうなガイザの声。

 驚いて声のした方に視線をやれば、想像以上に元気そうなガイザの姿がそこにあり、ラーソルバールもシェラも安堵し全身から力が抜けるように床に座り込んだ。

「何だよ、見舞いに来てくれたんじゃないのか?」

 ガイザは少し足を引きずるように二人の元へとやってくると、にやりと笑みを浮かべた。

「怪我したんじゃないの……?」

 座り込んだままシェラが首を傾げながら尋ねる。

「ああ、少々しくじってね。左脚を結構ざっくりと斬りつけられた。治癒を施しても全快までは十日はかかるらしいが……結構、良い出血だったんだぜ」

 苦笑いをしながら、ガイザは太腿をさする。

「新人は後詰めだったって聞いたけど?」

「ああ、ちょっと志願して……先発の騎馬隊に入れてもらったんだが……」

「何で!」

「あ、いや、何となく……」

 横からラーソルバールが理由を問うも、ガイザははぐらかすように答えた。

 だが、ガイザの言うように「何となく」で先発部隊に入れるとは思えない。強い意志と決意が無ければ、志願しても受け入れて貰えないだろう。覚悟や決意があったとすれば、砦に居る者達が心配だったからなのだろう。が、一度誤魔化した以上、ガイザが簡単にそれを認める事は無いだろうとラーソルバールも理解している。

「ま、いいや。生きてるのが分かったから……。シェラ、このお馬鹿をよーく叱っておいてね。私はちょっと用事があるから先に行くね……」

「あ、ラーソル……」

 ラーソルバールはゆっくりと立ち上がると、制止しようとするシェラに目配せをして手を振ると、部屋を出た。


 シェラと別れたあと、ラーソルバールはひとり砦東の防壁下までやって来た。手すりに掴まりながら、重い身体に鞭打つように一歩また一歩と階段を上がる。

 二つの月は既に頭上にあり、澄んだ暗闇から地上を見下ろしていた。愚かな人間同士の争いを、結果を彼らはどう見つめていたのか。空を見上げても答えが貰えるはずもない。

 防壁の階段を登りきると少なくない数の騎士達が思い思いに佇んでおり、彼らの視線のほとんどは戦闘の有った平野へと向けられていた。


 それから然程時間もかからずに、ラーソルバールは目的の人物を見つけ出す事が出来た。

「何も……見えないですね」

 防壁の柵に身を委ねるように寄り掛かる青年に声をかける。

 月明かりと篝火だけでは暗闇に包まれた地上の様子は分からない。現実逃避だと言われるかもしれないが、今は死体や血の跡が残る戦場跡が見えなくて良かったとさえ思う。

「ああ……来たのかい?」

「少しだけお邪魔をさせてください……」

「……どうぞ」

 ラーソルバールの声に反応したものの、リックスは暗闇に包まれた戦場に視線を落としたまま動かない。

 それからほんの僅かな時間が流れた後だった。

「あのさ……。あいつ……君に惚れてたんだ……」

「え……?」

 瞳に涙が浮かんでいるものの、故人の笑顔を思い出しているかのようにリックスは穏やかな表情で語り始めた。

「あいつさ……勲章授与の日に皆で食堂で騒いだ後、寮に戻ったら『前に一目惚れした娘だった! 初めて話せた!』って興奮しっぱなしだったよ」

「そう……ですか」

 突然の事に戸惑ってしまい、ラーソルバールは何と答えて良いのか分からない。だがもしかしたら今、リックスは記憶の友と語らい、誰の言葉も必要としては居ないのではないか、そんな気がした。

「……その後も『今日もすれ違った時に挨拶してくれた』とか、聞いても居ないのに嬉しそうに俺に言うんだよ」

 悲しそうな苦笑いを浮かべて、リックスは記憶を辿りながら言葉を綴る。

「あいつは男爵家の五男で家督が継げないからと騎士になったらしい。君も男爵家だと知って、何か思うところが有ったのかな? 君が爵位を得たと知れば『騎士として名を上げて爵位を手にするんだ、そうしたら釣り合うだろ』って張り切ったりしてさ。かと思えば、王太子殿下の婚約者候補に名を連ねたのを知って『第二位なら、まだ大丈夫だよな?』って言ってみたり……」

 ほろりと大粒の涙がリックスの頬を伝って落ちた。

「そう……なんですか……?」

「俺に言ってないで、本人に言えばいいだろって言ったら『俺が釣り合うようになるまで恥ずかしくて言えるか!』って……。そのまま死んだら何の意味も無いじゃないか……」

 悔しさを露わにしながら、リックスは拳で石壁を叩く。

 リックスの友を思う言葉、そして自身の胸にこみ上げる思いに、ラーソルバールは体を震わせた。

「……ごめんなさい、パッセボードさん。今の私には貴方の魂が安寧の地に導かれるように祈る事しかできない……。私は……何も……何もできなかった……ごめんなさい……」

 とめどなく溢れる涙は悔恨か惜別か。リックスの横でラーソルバールは天を仰ぎ、嗚咽した。



 翌早朝。

「戦死者に敬礼! 続けて黙祷!」

 砦前の平原に響き渡るランドルフの声。

 戦場に向かい黙祷を捧げる騎士達の中に、泣き腫らした目を隠すように兜を目深に被るラーソルバールの姿があった。


 この日、ベスカータ砦に駐留していた第二、第三、第四、第八の四騎士団は王都への帰路についた。

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