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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十七章 夏嵐去りて

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(一)戦場に捧げる涙①

(一)


 八月二十日夕刻。捕虜の解放を受けてゼストア軍は撤退を開始した。アルドーがベスカータ砦に赴き、捕虜の確認と交渉を行った結果を受けてのことである。

 捕虜が戻ったところでゼストア軍が戦闘継続を企図しないよう、上級士官や爵位を持つ者の解放はされていない。いわば人質代わりの彼らは、今後に国同士の交渉の材料となる事が決まっている。

 他に採るべき方法が無かったとは言え、王子であるカイファーにとってこの結果は屈辱であったに違いない。

 帰国すれば今回の出兵計画を立てた軍部や、カイファーの采配に対して国内から批判が出る事は避けられないだろう。だが少なくとも「ヴァストールを攻める好機である」と口を揃えて出兵を促した者達は、采配が悪かったからだと裏で文句を言う事が有ったとしても、王子であるカイファーを表だって非難する資格は無い。

 この敗戦によって生じる戦後問題や派閥間の争いで、王宮内での立場が微妙なものになるという覚悟からか、帰路につくカイファーの表情は暗い。

「殿下、この度の敗戦はこのアルドーの責にございますれば、お気に病むことはございません」

 副司令官であるアルドーが敗戦の責任を負えば、カイファーを追求する声は弱まる。損な役回りだが、王族のお目付け役として派遣されながら十分な結果を出すことが出来なかったのだから、やむを得ないところと腹をくくった。

 だが、カイファーの反応は想定外のものだった。

「……何を言うか。部下に敗戦の責を押し付けるなど王族として恥ずべき行為。仮に、副司令官であるそなたの采配が誤っていたとしても、許可したのは私だ。それとも私を部下の責任もとれない愚かな王子に仕立て上げたいのか?」

 答えは淡々としたもので、アルドーへと顔を向ける事は無かった。

「は……。申し訳ありません。出過ぎた事を申し上げました……」

 怒らせたかと一瞬焦ったアルドーだったが、カイファーの横顔を見て杞憂であったことを知る。

「その心遣いだけは有難く受け取っておく。だが帰ってもまだ仕事が有るのだから、そっちは手伝って貰わねばならん。陛下に頭を下げなければならんし、捕虜となっている者達の解放交渉を上手く纏めさせる必要があるからな。気が重いが大事な臣下たちの為だし、それも総指揮官たる者の務めだ」

 カイファーは意外にもさばさばした様子で語ると、アルドーの顔を見て最後に小さく苦笑いをしてみせた。


 激戦だったベスカータ砦の攻防戦は、こうしてゼストア王国軍の完全撤退をもって幕を閉じた。

 ヴァストール王国側の死者は四百八十一名、負傷者二千五百名超。対するゼストア王国の損害は最終的に死者四千三百名超、負傷者九千七百名超という極めて大きなものだった。それだけ大きな損害を出したにも関わらず、ゼストア王国にとっては全く得るところの無い戦いとなった訳である。

 果たして、利したのは自らは動かずにまるで操るかのように両国に損害を与えたバハール帝国なのか。この時点でそれを図り知ることはできなかった。


 去っていくゼストア王国軍の様子を、砦の防壁の上から見ていたラーソルバール。

 夕陽に朱く染まるステリア川をゼストア兵達が渡河していくのを見届けると、安堵したように大きく息を吐いた。

「これで……やっと王都に帰れますね」

 隣に居たシェラがややぎこちなく話しかける。他隊の者が居るので上官への言葉遣いに変えているためだろう。

「大隊長の話だと、現在駐留している部隊は第七騎士団だけを残して、明朝王都へ出立ということになるんじゃないかと……」

「それであれば、既に中隊の皆に荷物の整理をするようには言ってありますから、問題無いはずです」

「ふふ、優秀な副官で助かるなぁ……」

 ラーソルバールはもたれ掛かっていた防壁の柵から離れると、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「優秀すぎる上官を持つと下は色々と苦労するんです!」

 本音か、寝込んでいた事への恨み言か。シェラは言いながら赤くなった顔をぷいと背けた。

「絶対それ嫌味だ……」

 シェラに抗議するように頬を膨らませたところで、ラーソルバールは少しよろけた。まだ体調が戻りきっておらず、ややふらつく様子に慌ててシェラが肩を貸す。

「気を付けて下さい。防壁の上から落ちたり、階段から転げ落ちたら洒落になりませんから」

「はは……敵が居なくなって気が抜けたからかな」

 ラーソルバールは強がって見せたが、部下に心配をかけないよう無理をしている事はシェラには見抜かれている。

「これから第七に行くんでしょう? しっかりして下さい」

 与えられた自由時間のうちに、ガイザ達の無事を確認しに行く。それは予め決めていた事だった。


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