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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十六章 時の運・人の運

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(四)夜の帳は静かに降りる③

 シルネラで知り得た帝国の動きについては、機密事項でもありエラゼル以外には伝えられていない。フォルテシアにも密かに伝えるべきかとも悩んだのだが、何も無ければそれに越した事はないという思いもあり、そこに至ってはいない。

 シェラが思い悩む横で、フォルテシアはラーソルバールの寝顔を見ながら、何かを思い出したように笑った。

「なに、どうしたの?」

 ふと我に返り、シェラはフォルテシアの顔を見ながら首を傾げた。

「この状況をエラゼルが見たら大騒ぎする……」

 なるほど、と思いつつもその光景を思い浮かべると、笑いが込み上げてくる。

「そうだね……。あの人、ラーソル大好きだもんね」

 シェラ自身は二人の過去のいきさつは詳しく知らないが、少なくとも騎士学校に入学したばかりの頃の二人の関係が良好と言えるもので無かったのは知っている。それを思えば、今は想像もつかない程に二人は仲が良い。親友を通り越して姉妹かと思う程だ。

 シェラとしても二人の関係に少し妬けてくるような気がしなくもない。

 それだけに、この状況を見ればラーソルバールが襲撃された通称「リガラート令嬢事件」の時のように、エラゼルは取り乱して泣くかもしれない。と思えば、フォルテシアの言っている事に素直に同意できた。


 そのまま二人はラーソルバールの眠る寝台の横で、戦いで疲弊した精神を癒すように穏やかに会話を交えつつ半刻程の時を過ごした。

 砦の喧噪も少し落ち着いてきたところで、シェラはフォルテシアの頭の上に自らの手を静かに乗せた。

「……フォルテシアも疲れているでしょ。点呼もあるだろうし、そろそろ自分の部屋に戻らないと。あとは私が看てるから」

 本当はグスタークとの戦いの恐怖感から精神的に疲弊している可能性もある。一緒に居てそれを癒してやりたいとも思うが、規律上そうもいかない。

 シェラはラーソルバールと同室なので問題は無いが、フォルテシアは第八騎士団の棟に戻らなければならない。行方を告げてきたとしても、既定の刻限を過ぎれば同室の者に迷惑をかけてしまうからだ。

「ん……。よろしく……」

 フォルテシアは後ろ髪を引かれる思いで、名残惜しそうに言葉を紡いだ。

「また明日ね」

 シェラの別れ際の挨拶にフォルテシアは掌で応じ、静かに部屋を出ていった。

 その背を見送り、扉が閉まるのを確認するとシェラは優しくラーソルバールの頬をつついた。

「早く目が覚めないと皆が心配するよ……」

 シェラ自身も疲れがたまっているのか、次第に重くなるまぶたに抗う事ができなくなってきていた。


 それからどれ程の時間が経ったか。

 目覚めたラーソルバールの目に映ったのは、やや暗い空間とどこか見覚えのある天井だった。

 ここは何処だろう。あの強烈な血の匂いもせず、怒号や悲鳴そして激しい金属音が響く戦場独特の喧噪もない。かといって全く音がしない訳でもない。どこか遠くから誰かが騒ぎ、果ては歌う声までもが聞こえてくるが、それが何を意味するのかもぼんやりとした頭では理解できない。

 何故ここに居るのか。自分は何をしていたのか、

 ふと鮮明な記憶が蘇る。そうだ、確か自分は戦場に居たはず。

「こんな所で……っ!」

 思い出して慌てて起き上がろうとしたのだが、体が重く思うように動かない。僅かに浮いた体を支える事もできず、元のように寝転がるしかなかった。

 やるせなさに大きくため息をついた直後、部屋に吹き込んだ風が優しく前髪を揺らす。風が運んできた空気には僅かに血の匂いは混じっているような気がするが、木々の香りや様々な匂いに混ざりその存在は薄れている。

 戦いはあの後どうなったのか。聞こえてくる音や声も戦闘のものではない。あの時の状況からすれば、恐らくはあの後終息したのだろうとは思う。このやや穏やかな外の音もその予想と符合する。

 所々きしむように痛む体を無理やり寝返りをうちながらゆっくり起こすと、窓の外に見えたのは夜の闇だった。

「夜中……かな?」

 記憶にあるのは戦場であり、陽がまだ沈む前。自分はあれからどれだけ寝ていたのだろうか。ラーソルバールはぼんやりと外を眺める。視界の端でゆらめく燭台の炎が何故か心を落ち着ける。

 視線を室内に戻すと、椅子に座ったまま寝台に突っ伏すように寝ているシェラの姿が見えた。付き添っていたものの、そのまま寝てしまったのだろうと想像できる。

 ラーソルバールは自身の腰の近くにあるシェラの頭に手を伸ばし、起こさぬようにそっと触れる。

「ごめんね、心配かけちゃったかな……」

「ん……」

 言葉に反応したかのように小さく声が漏れる。

 暑い季節だけに、このまま寝ていても風邪をひくことはないだろうが、できればゆっくり横になって寝て欲しいとは思う。

 動くこともままならない体では、彼女を動かすことも叶わない。

「一度目が覚めたら、今度はちゃんと寝ようね……」

 友の寝顔に優しく囁いた。


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