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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十六章 時の運・人の運

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(四)夜の帳は静かに降りる①

(四)


 ゼストア軍分隊による砦西方からの攻略は、ヴァストール軍第七騎士団が到着したことにより失敗に終わった。

 砦西側の攻略開始時点からの総計で死者三千超、負傷者七千二百五十一名という損害を出し、ゼストア軍は大惨敗を喫した。とりわけ降伏受入までの約一刻、すなわち第七騎士団到着後の損耗が全体の約八割を占めており、態勢を立て直す間も与えられずに敗れたのが分かる。

 無傷で残った兵も戦意を喪失して投降、責任を取ろうと自死を図ったゲラードンは寸でのところで取り押さえられ捕虜となった。


 この時点でも砦東側の戦況は変わらず、依然として攻防は続けられていた。

 ここで西側の戦闘の収拾を見たジャハネートは第四騎士団を残し、急ぎ東側へと第八騎士団全戦力の転換を決断する。

 対して東側に戦力を引き付けるためだけに、カイファー指揮のもとでおざなりな攻撃を続けていたゼストア軍本隊だったが、突如強化した砦側の反抗能力に次々と手痛い反撃を受けて一気に浮き足だった。

「何事か!」

 総指揮官であるカイファーは次々と射倒される前衛部隊の様子と、砦の動きの変化に驚いた。

「先程より突然敵兵が増えた模様です……」

 アルドーの言葉は耳を疑うものだった。

「何を言うか! 向こうに回した部隊が全滅したとでもいうのか!」

「いえ……。確たることは申せませんが、揺さぶりとしても西側の兵力をここまで回す余力などないはずです。状況を見るに恐らくは……」

 アルドーは苦りきった表情で応える。

 偵察部隊からの報告によれば、悪天候もありヴァストール側の援軍が到着するのは明日の夕刻頃ではないかと見られていた。遠隔地との高速な通信手段を持たなかったため、時間による情報の齟齬そごが発生したのである。

 まさに第七騎士団の動きはゼストア側としては想定外の事態だったと言える。

 東側の戦闘では初日以降も死傷者は出ているものの、損害としてはそれほど大きくはなく低調に推移してきた。今まで通りの戦い方であれば継続しても問題はなかっただろう。だが、西側の攻撃が失敗したとなれば、東側に残った兵力だけで砦の攻略をしなくてはならないことになる。実現はほぼ不可能に近いと言って良い。

「全軍一旦後退せよ!」

 悪化する状況にたまりかねたカイファーは、苦渋に満ちた表情で後退を告げた。


 間もなくゼストア軍は後退し、砦から千八百エニスト程(約千八百メートル)東に離れたところで、陣を敷き直して部隊の再編に入った。

 途中までは順調だったはず。

 カイファーは納得のいかない表情で、遠く砦を睨む。

 分隊との連絡手段に欠いていた事で、対応の機を逃した事も大きく響いた。上手く連携が取れていれば違った結果も有ったかもしれない。

 陽は地平線に僅かに顔を覗かせる程まで沈み、赤々と染まっていた大地も暗闇に包まれようとしている。丁度、天幕の設置を終えた兵が引き上げ、カイファーが失意のままその中へと姿を消そうとした時だった。

「殿下!」

 部下から報告を受けていたアルドーがカイファーを呼び止めた。

「何だ……?」

 心ここにあらずといった様子のカイファーは、アルドーの顔を一瞥する。

「今しがた周囲の監視をしていた者から、ゼストア兵らしい身なりの者達数名が此方にやってくるのが見えたとの報告が……」

 カイファーは生気のない表情で、ただ「任せる」とだけアルドーに言い残し、天幕の中へと消えた。


 暫しの後。カイファーが天幕の中で盃を手に何杯目かの酒をあおった頃。

「殿下、先程ご報告した件ですが……。シラー男爵……ゲラードンの副官らで御座いました。ここに参じておりますが……」

 天幕の外からアルドーの声が聞こえ、カイファーは酒瓶に伸ばした手を止めた。

「入れ……」

 カイファーの許可を得た二人は静かに中へと入る。

 アルドーとシラーが頭を下げようとしたところで、カイファーがそれを手で制した。

「挨拶など良い。報告が有るなら申せ」

 頬に酒の紅を帯びてはいるものの、酒に飲まれたという様子でもない。アルドーは黙ってシラーに視線をやり、発言を促した。

「恐れ入ります。簡潔に報告させて頂きます。我が部隊は夕刻に敵の援軍、騎馬隊約八千に急襲され、次に別の場所から出現した一千の騎馬隊に退路を塞がれ、更には砦からの執拗な攻撃が続き……。三方から攻め立てられた我が軍は死傷者が続出し……」

 視認した数は定かではないだろうが、言い訳のために敗軍の将などが敵の数を多めに伝えるのは良くあることである。

「お前の上官であるゲラードンはどうした! ……グスタークは!」

 カイファーは拳を握り締め、恥辱と怒気に顔を赤らめながら怒鳴り付けるように声を荒げた。


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