(三)陽は沈む①
(三)
第七騎士団は帰路にある貴族からの支援兵と物資を取り込み、ようやくベスカータ砦へと駆けつけるに至った。
途中、悪天候により行軍を阻まれるなど順調とは言い難い中、昼夜の行軍時間を増やし更に騎馬兵のみで構成された部隊が先行するという形で、本来の予定より数刻遅れる程度での救援を実現したのである。
その数、約五千。全体の七割に相当する戦力が、第一陣として戦場に投入される事となった。
この時、ゼストア軍を襲撃する騎馬部隊の中にガイザの姿があった。
砦の救援に向かうと決まった時、新人は徒歩による後詰に配される予定であったものを、自ら騎馬部隊に志願したのである。
第七騎士団に所属するガイザにとって遠征は初の事であるが、帝国との接触も無く引き揚げてきた自身とは異なり、二度目の戦争参加となったラーソルバールやシェラ、フォルテシアなど、同期の面々の事が気掛かりでならなかった。
ある程度の報を聞いていたとはいえ、自身ではどうする事も出来ない状況だけに、ここまでは祈るような思いで彼女たちの無事を祈っていた。
見れば煙のようなものが上がっているものの、砦はまだ落ちた様子も無く徹底抗戦を続けている。そのことに安堵しつつも、自身がこれから実戦を経験することになる事に、言い様のない恐怖心を感じていた。今から飛び込むのは少数の戦いでは無く、大規模な戦場なのだ。
何故か、ふと思い出したひとつの出来事。
『家が継げないんだったら、ガイザも私と一緒に騎士になる?』
あれは何の話をしていた時だったか。
三男のガイザは家督を継ぐことは無い。将来何になろうかと考えていた時、傍らにいた少女の無邪気な笑顔につられ、思わず彼女の言葉に同意した。今でもその事を、この生き方を選んだことに後悔は無い。
「やるだけの事をやるしかないか……。きっとあいつらも同じように向き合ってきたんだろうな」
そんなつぶやきも、馬蹄音と切り裂く風に紛れて消えていく。
部隊の先団は魔法で防御面を強化しており、魔法による応戦があったとしても、交戦距離まではある程度持ち堪えられるようにはなっている。ガイザは中団に位置するとはいえ、間違いなく激しい戦闘に巻き込まれるだろう。
「後方に展開する部隊の横っ腹に大穴を開けてやれ! 突撃っ!」
第七騎士団長、ウォレス・ベイブリンガーの号令と共に騎馬軍団は速度を上げる。
ガイザは奥歯をぎゅっと噛むと左手で手綱を握り、意を決するように剣を抜いた。
側面を突かれる形で強襲を受けたゼストア軍は、防戦の態勢も整わぬまま攻撃に晒される事となった。
「敵は我が軍よりも少数だ! 食い止めろ!」
ゲラードンが全軍を鼓舞するように声を張り上げる。
相手は少数だとは言ったものの、自軍は全員が歩兵であり、速度を緩めることなく突入してくる騎馬兵に抗え、というのは無理な話だというのは分かっている。
だが、ここで引けば全軍が崩壊するのは間違いない。砦攻略に前のめりになっていた分、弱い部分が露呈した形になった。
この時、強襲を受けたのは後方に配置されていた支援部隊。防御力においても攻撃力においても他の部隊に比べ劣っていた事に加え、ゼストア軍は前方に戦力を集中していた事もあり、側面を殴打されたことにより一気に壊乱状態になった。
「グスターク将軍麾下の第四大隊壊滅!」
「第八大隊突破されました!」
「第二補給部隊全滅!」
ゲラードンの所には各所からの報告が相次ぐ。
肝心のもうひとりの将軍が砦内部で孤立しており、指揮系統に難がある状態では全体の統率もままならない。怒りをぶつけようにも、当の本人が居ないのだからどうすることもできない。
数の上では依然、優位に立っているのだから采配を間違えなければ十分に戦えるはずなのだが、状況は危機的なものになりつつある。
このままでは間もなく戦列は瓦解する。崖下の本隊と合流が難しい状況だけに、南方まで撤退して海軍と連携すればとも考えた。だが、何日もかかる海までの距離を徒歩で騎馬部隊から逃げられるはずも無い。
「閣下、一部兵に防衛させるばかりでは……敵部隊に集中しませんと」
部下の進言にゲラードンは我に返った。
「……分かった。砦への攻撃を中断し、敵騎馬部隊に対応させよ! 魔法部隊は……」
ゲラードンは指示を出す中で、一度言葉を止めた。
自陣を蹂躙されている今、攻撃魔法を使えば味方まで巻き込む可能性が高い。味方を巻き込んででも敵を止めるべきかと、僅かに逡巡したのだが……。
「……魔法部隊は支援に集中させろ……」
結局、初動を誤ったために全てが後手後手に回らずを得ないが、まずは戦線を維持し反撃の機会を狙うことにしよう。
ゲラードンは砦を恨めしげに見た後、騎馬部隊を睨んだ。




