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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十六章 時の運・人の運

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(一)濁流②

 剣と剣が、剣と鎧や盾がぶつかり合い、激しい金属音が際限無く幾重にも響き、怒号と悲鳴が防壁に反響し、耳を覆いたくなるほどに精神を侵食する。

 それでもラーソルバールは三人目の敵兵を二合と打ち合わず、無駄のない横薙ぎで退け、四人目の鎧の隙間を狙って刺突しとつで倒した。

 初めは小柄な女騎士と侮っていたゼストアの兵達も、わずかの間に次々と斃される戦友たちを前に認識を改めざるを得なかった。だが、怒号渦巻き数が趨勢すうせいを決める戦場にあって、軍を率いる者でもないただの一個人の武勇など、戦局を左右する程の力は無い。

「怯むな! 臆せずに潰せ! 一人で駄目な相手は二人で行け!」

 兵達の動揺を抑えようと、ゼストア軍士官から檄がとぶ。

「邪魔だ!」

「寄りすぎだ!」

 ただでさえ後続が門を通って内部へと殺到しつつある中、指示に従い連携しようと互いに下手に距離を縮めたばかりに、かえって行動を制限される者も出た。

 そうした隙をついて、ヴァストールの騎士達は入り口を包囲する有利な形を崩さず、状況を利用して無駄のない戦いで相手を退ける。

 ラーソルバールも同じようにまた一人を退けたものの、体が普段に比して動かず、手にしている剣も重く感じていた。連日の戦闘で疲労が蓄積しており、気持ちと体の動きにずれが生じているのだと改めて認識させられる。

 不安を覚えつつ視線を僅かに横にやれば、やはりルガートの動きも精彩を欠いている。何とかしたいと思いつつも、次々と迫り来る敵兵に考えるだけの余力を与えて貰えない。

 対するゼストア軍の兵士達も、砦内部への攻勢により士気が上がっているにも関わらず、その動きは決して良いと言えるものではない。

 現在対峙している分隊も野営続きで疲労が抜けない中、断崖を越えて短期間で砦西門にまで周り込むというのは無理な行軍だったに違いない。

 総じて客観的に見れば、体力的な疲弊は両軍ともに大差はない。だが、現状の戦力には大きな隔たりが有る。今少しは何とか持ちこたえたとしても、門が破壊された状況では擦り切れるのはヴァストール側であることは間違いない。

 北方から戻ってくるはずの騎士団が早期に到着しなければ、敗北は疑う余地もない程に状況は切迫している。


「門が破壊された時点で、少数で守るこの砦は陥落したも同然だ! ヴァストールの兵は愚かしい抵抗など止め、剣を捨ててさっさと降伏したらどうだ!!」

 ヴァストール側の現状を、そしてラーソルバールに不安をも見透かしたように、ゼストア兵の一人が叫んだ。自軍も厳しい中、あえて口にしたのは砦を守るヴァストール軍の士気を下げるためだろう。

 そんな事は言われなくても分かっている。ヴァストール側にも少なくない損害が出ている事も、次第に押されてきている事も。だが、だからこそ簡単に負けてやるものか。ラーソルバールは大きく息を吸った。

「前衛は後衛の補佐を信じて一歩も前に進ませるな! 敵の動きに応じて各自連携を密に!」

 声を張り上げ、部下達を鼓舞する。騎士学校の合同訓練で指揮官をした経験が今更ながらに役に立つ。 余計な階級を与えられたばかりに新人として振る舞う事も許されないが、泣き言ばかりも言っていられない。


 戦ううちに敵兵の剣が鎧を掠め、飛んできた矢を避けきれずに左腕に裂傷を負った。それでもラーソルバールは歯を食い縛り、重い体を動かす。

 石畳の継ぎ目に足を掛け腕と剣に魔力を込めて力一杯、眼前の敵へと叩き込む。

 魔力も有限だが出し惜しみする訳にも行かない。尽きれば身体も限界に達して剣や鎧の重さに耐えられなくなる。

 戦場でのそれは死を意味する。自分もすぐにこの砦の石畳に転がる骸になるのか。死への道を一歩、また一歩と進んでいるのだという恐怖が心と身体を覆いつつある。

「無理しないで、ラーソル!」

 背後からシェラの声が聞こえた。この喧騒の中にあって、友の声はしっかりと届いた。彼女も前衛の補佐で手一杯であるはずなのに。直後、ラーソルバールは少しだけ体が軽くなるのを感じた。

 振り返る余裕も無いが、彼女が何かの魔法をかけてくれたのか。

「まだ……私は戦える!」

 幸いにも手にしている剣はまだ折れては居ない。友の声がそして優しさがラーソルバールの心を照らした。



 突破口が開け、降り注ぐ矢を盾で弾きながら砦の中へと駆け込んでいくゼストア兵。そのすぐ後ろで攻勢指揮を執っていたグスタークは笑みを浮かべた。

 今まで攻めあぐねていたのが、まるで嘘のように一変した。

「一気に攻め落とせ!」

 ゲラードンを補佐する形でこの戦場に居るが、この働き次第では立場は逆転するのではないか。少なくともこのまま自身も砦へと侵入し、戦果を挙げる事で栄誉が転がり込んでくるのは間違いない。

 勝利がすぐ目の前にある。であれば、その勝利を決定付けるのは自らの手であることが望ましい。自慢の武勇で敵軍の指揮官を切り捨てることが出来たなら、勝利も栄誉も決定的だろう。

 グスタークは逸る気持ちを抑えつつ、弓から剣に持ち替えると雪崩込むように門を抜けた。

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