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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十五章 金色の髪

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(四)王子ふたり③

 危険を感じ、咄嗟に判断を下したサンドワーズは馬首を横へと向け、盾で出来た壁を無理やり突破する事を避けた。

「大盾部隊は二層で対応! 脚を止める事に集中! 弓兵隊は盾背後から敵の数を減らせ!」

 盾部隊の背後からムストファーの指示が飛ぶ。

多数の兵力を有しながら敵に翻弄されている自軍の脆さを考慮すれと、今ここでヴァストール軍の勢いを少しでも削がなければ、後退したサレンドラに追いつかれてしまう可能性が有る。

 一気に跳ね返したいが、自陣深くまで侵入を許し混戦に近い状態になった今では、魔法部隊による攻撃は味方をも巻き込みかねず有効な手にはなり得ない。不本意だが、魔法部隊には補助魔法で前線を支える役を担ってもらう他は無い。

 善戦してくれている若手の将もいるが、圧倒的に指揮官の質も量も足りない。

「モンセント卿を失った状態であるにも関わらず、名だたる将軍を左右の端に配置するという愚を犯すとは……。佞臣どもが自らの手柄にこだわったばかりに……」

 ムストファーは苛立ちのあまり、つぶやくように愚痴を漏らした。

「ご指示でしょうか?」

 近くに居た士官が聞き取れなかった指示と勘違いし、慌てて反応する。

「いや、何でもない。敵の数は知れぬが、我が軍の方が数では勝っているのは間違いない。慌てずに対応すれば押し返せる」

「はっ!」

 士官は声を上げると下士官たちに次々と指示を飛ばした。


 間もなくその効果が表れ始め、ヴァストール軍は前方を塞がれ当初の勢いを失いつつあった。そしてついに前方の騎馬隊の脚は止まり、レンドバール軍の対応が功を奏したかに見えた時だった。

「ムストファー閣下! 左翼から攻撃を受けています!」

 突然飛び込んできた部下の言葉に、ムストファーは自らの耳を疑った。

「左翼部隊が攻撃を受けている、の間違いではないのか?」

 別働隊が居て、森の近くまで軍を展開している左翼に攻撃を加えたのかと一瞬考えた。だが、王太子が中央部にいると分かっているのに、包囲の牽制以外でわざわざ動きの鈍い左翼を攻撃する意味が無い。

「いえ! 本隊が左翼のアテスター侯爵らの部隊から攻撃を受けております!」

「何っ!」

 想定外の答えに、ムストファーは握っていた剣を危うく落とすところだった。

 良識派のアテスター侯爵が反乱するはずがない、そう言いかけて言葉を飲み込んだ。確かに侯爵がそうするだけの理由がこの出兵にはあるではないか。

 今回の強硬出兵強硬に中立を貫いた自分は本隊に、義に反すると最後まで反対したアテスター侯爵は最左翼にまわされた。王太子を推す佞臣どもが立てた邪な作戦に不満があり、国王幽閉という隠された事実を突き付けられたのだから行動を起こすのも無理はない。

 ともあれ、右翼の部隊がうまくヴァストール軍の側面を突いてくれれば良いが、それが叶わなければ本隊は瓦解する。

「右翼の動きはどうなっているか!」

「ヴァストール軍を牽制する位置には展開していますが、それ以上の動きはありません!」

 悲痛な叫びにも似た報告にムストファーは間もなく訪れるであろう自軍の敗北を悟ったが、それでも出来る事はしなければならない。

「サレンドラ殿下を何としてもお守りしろ……」

 苦渋に満ちた表情で、そう言葉を捻り出すのが精一杯だった。


 アテスター侯爵が率いる部隊の動きが遅れたのには理由がある。自らの正当性を示し他の者を納得させるため、リファールから国王を復権させるという確約を得る必要が有ったからだ。

 侯爵はリファールに警戒されぬよう単身で彼の元に赴き、手にしていた念書に署名を受けると即座に自陣に駆け戻った。

 もとより王位継承権に興味が無いリファールにとって、あくまでも国王の復権だけが目的であるため侯爵との利害は一致する。だがリファールはこの時、付属する王太子の処遇についての関与だけは明確に避けたのだった。

 

 アテスター侯爵と共にディガーノン将軍が「佞臣の排除と国王幽閉の首謀者の捕縛」を掲げ、自軍に牙を剥いた。

 その報は、ヴァストール軍の襲撃を押し返そうとしていたレンドバール軍に衝撃を与えるのには十分だった。

 前方と左翼から攻撃され兵が動揺する中、指揮を執るべき貴族が姿をくらました状態では、如何にムストファーが有能であり数の上でも有利であろうと、容易に戦線を支えきれるものではない。間もなく戦線は崩壊し、本陣を支えるように善戦していたムストファーも兵の逃走が続いた事により、抵抗むなしく捕縛されるに至った。


 一方、一時退避し態勢の立て直しを図るつもりでいたサレンドラは、本隊以外では一番の兵力を有して右翼に展開していたベルドルム公爵の陣へと駆け込んだ。

 逃げ出した側近達が頼りにならないと分かり、国内でも大きな力を持っているベルドルム公爵を今後の後ろ盾にしようという目算も有った。

「公爵、ここで態勢を立て直し……」

 公爵の顔を見るなり安堵した表情を見せたサレンドラだったが、その言葉が終わらぬうちに両脇を兵士に抱え込まれた。

「な……何をする、無礼な!」

「殿下、恐れ多い事で御座いますが、御身を拘束させて頂きます」

 突然の事に慌てるサレンドラに対し、ベルドルム公爵は呆れたように冷たく言い放った。それは先に逃亡していた王太子派の貴族達が同様に捕縛され、リファールの言葉の裏付けるように「国王を幽閉したのは事実だ」と自白していた為である。


 こうして二人の王子が明暗を分ける形で、短い戦いは幕を閉じる事になる。

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