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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十五章 金色の髪

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(四)王子ふたり②

 レンドバール軍に悟られぬよう、リファールが出た西門とは反対側の東門から騎士達は静かに出撃した。

 彼らを送り出した後、エラゼルは防壁の上でひとりため息をついた。風に踊らされた彼女の金色の髪が篝火に染め上げられ、やや赤く映る。

 自らも出撃を志願したものの、当初より騎士ではない立場のエラゼルが戦場に出るのは最初の一度だけと決められていたため、その意見はあっさりと退けられた。

 騎士達が姿隠しの魔法によって夜の闇に紛れていく様を見下ろしながら、エラゼルは口惜しげに唇を噛んだ。

「エラゼルさん、どうしました?」

 エラゼルは不意に声を掛けられ、少し驚いたように振り向いた。

「ああ、エミーナか……」

 拍子抜けしたように苦笑するエラゼルに、エミーナは心配そうな表情を向ける。

 今年入団したばかりの新人は全員が砦に居残るよう命じられており、彼女もまた防壁の上で警備をしていたのだった。

「いや……居残って何もできないというのは歯痒いものだなと……」

「……そうですね。同期のみんなが各地に向かい戦場を経験する中、自分だけが王都守護のために居るという状況の中で、ずっとそう思っていました。……とはいえ、今も防壁の上で先輩方とは切り離されちゃってますけどね」

 気恥ずかしげに笑ってみせるが、微かに震える手が彼女の緊張を物語っている。

「怖いか?」

「……ここに居れば安全と分かっていても、怖くないと言えば嘘になります。エラゼルさんは怖く無いんですか?」

 そう言われて、昼間の事を思い出し手が震えた。

「怖くないはずがない……。だが……」

 自らには背負った責任がある。そう言いかけてエラゼルは拳を握り、言葉を止めた。

 公爵令嬢として生を受け、今は王太子の婚約者という立場にある。当然生じる義務もあり、形は様々だが国を守ると言うのは最優先事項であるはず。怖いなどと言っていられるはずがない。いや、そもそも何を恐れているのか。自らの死か、それとも誰かを失う事か。

 宿敵と認めた友は何を背負って戦い、恐怖とどう向き合っているのか。レンドバール軍の篝火を遠くに見詰めながら、エラゼルは遠く東に在る友に思いを馳せた。



 レンドバール軍の本隊を急襲したヴァストール軍第一騎士団。相手の防御態勢が整わないうちに肉薄すると、そのまま機動力を生かして本陣前部を切り裂いた。

「止まるな! 脚を生かせ!」

 サンドワーズが檄を飛ばすと、それに応えるように騎士達は敵陣を駆けながら雄叫びを上げた。

 大気を震わせるように響く声は、レンドバールの兵達を威圧する。

 リファールを囮として意識を集中させておき、暗闇から突如姿を現したヴァストール軍。虚を突かれ、レンドバール軍は十分な防戦態勢が整わぬまま、勢いよく攻めてくる騎馬隊の強襲にさらされる事となった。

「怯むな! 歩兵部隊は盾で敵の進路を阻め! 騎馬隊は急ぎ応戦しろ! 伝令は右翼、左翼に敵軍を包囲するよう動けと伝えよ!」

 剣を手に、ムストファー伯爵が周囲に指示を飛ばす。サレンドラを庇いながらも周囲を警戒しながら、適切な判断を行っている。 

「近衛は殿下をお護りして後方へ!」

 指示を出し終わると、近くに繋がれていた馬に飛び乗り剣を抜く。前方に視線をやれば、思うように抗えずに交代する兵士達の姿が見える。

「クオンス卿、エヴァート卿はおられぬか!」

 叫べども反応は無い。総大将である王太子を補佐すべき立場にありながら、どこへ消えたのか。

 昼間の無様な姿を思えば、二人が率先して剣を握り敵軍に向かっていくとは思えない。我が身惜しさに隠れたか、それとも逃げ出したか。いずれにせよ頼ることはできないのは間違いない。

 併せて思うように動かない自軍の兵に苛立ちつつも、サレンドラが後方へ消えたのを見届けるとわずかに安堵の吐息を漏らす。

「奴らの好きにさせるものか……」

 ムストファーは手綱を握り直し馬の腹を蹴ると、ヴァストール軍と剣を交える場所へと駆け出した。

 対して、ヴァストール軍の指揮を執るサンドワーズに焦りが生じつつあった。

「王太子を、敵総大将を急ぎ確保しろ!」

 敵兵を切り捨てながら、声を張り上げる。

 ヴァストール軍は砦に兵を残しているため、奇襲に投入されたのは五千。対するレンドバール軍は二万超という四倍以上の兵力が有る。

 一刻も早く終わらせなければ、戦力格差のある相手が反撃体制を整えてしまえば形勢は一気に逆転してしまう。にも関わらず、寝返りを期待していたアテスター侯爵もまだ動かない。

 やはり罠だったか。その可能性も危惧していたが、自分の背後には士気高揚のために共に出撃した王太子オーディエルトも居るため、無理な戦い方もできない。利が無いならば多少なりとも敵軍に損害を与えた今、自軍に被害の無いうちに引き上げるか。サンドワーズの頭にそんな考えがよぎった直後だった。

 突如士気を取り戻したかのように、大盾をかざした歩兵部隊がサンドワーズの行く手を遮るように現れた。


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