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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十五章 金色の髪

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(四)王子ふたり①

(四)


 レンドバール軍の後方で発生した炎。明らかに自然のものではない炎は、陣を飲み込んでゆく。

「敵襲だ!」

「糧食や物資に燃え移る前に火を消せ!」

「敵は何処か!」

 平穏だった夜の静けさは消え去り、騒然となる兵達の声が響き渡る。

 火は風に煽られて次々と周囲に燃え移り、天幕は瞬時に炎に覆われるように消え、夜の闇を赤々と鮮やかに染め上げる。炎から逃れようと軽装のままの兵士たちは陣の内を縦横に惑うように駆けまわる。

「ヴァストールの奇襲か! おのれリファール……」

 サレンドラは拳を握り締め、遠くに佇む半弟を睨みつけた。

「闇を抜けて後方に回った敵は我々を攪乱するためのものだ! 所詮少数の相手、慌てず蹴散らせ!」

 近くに居たムストファー伯爵が指示を飛ばす。

 騎士団の一つを束ねており、騎士としての力量も確かな人物だが、今回の戦いを企図した王太子派の貴族達にはやや疎まれて、ここまではサレンドラからは遠ざけられていた。

「おお、ムストファー伯爵。混乱の収拾を急いでくれ」

「はい、それは承知しておりますが、何やら嫌な予感がします。……というよりは戦場のこの空気が、警戒すべきだと……」

 言いかけた瞬間だった。

「左前方より敵襲!」

 悲鳴のような声が幾重にも響く。

 闇の向こうから激しく地を叩く馬蹄音が、迫り来る兵の数が少なくない事を物語っている。

「こっちからは奴らの本隊か!」

 サレンドラは慌てて自らの馬へと駆け寄った。


 一刻程前に遡る。カラール砦で行われていた会議では、エラゼルの発想を受け書面をどう読み解くのか、というところに焦点が置かれていた。

「お分かりになりますか?」

 急かすでもなく、エラゼルは穏やかに尋ねた。

「これか……」

 リファールは書面を机の上に広げると、最後の一文を指さした。

『リファール殿下と共にまた狩りに出かけたいものです。御帰国の折には甥のディガーノンを同行させ、上達した私の弓の腕前を披露致しましょう。見事に大きな獲物を仕留めてご覧に入れます。殿下のために良い弓を五張りは用意致しますので、お気軽にいらしてください』

 書面の最後に記された挨拶程度のものと思われたこの一文こそが、リファールにしか分からないよう書かれたものと推測された。

 二つの国の様々な思惑が渦巻く戦いにおいて、王子として傍観者では居られない。どうせ巻き込まれるならと、リファールは腹をくくった。

「私は侯爵と共に狩りをしたことは一度も無い。だが、彼がそんな誤記をするとは思えない。とすれば、これこそがエラゼル嬢の言葉通り私にしか分からない暗号なのだろう……。そして文面通りに受け取るならば、ディガーノンが彼と共に動くということになるが……」

 自らの想定を口にはするが、いまひとつ自信を持ちきれない。それでも侯爵の隠された意図はここにあるというのは分かる気がしている。

「なるほど……。大きな獲物、とは王太子のサレンドラ殿ということか」

 オーディエルトが感心するように唸った。

 意図を隠すために全てが比喩表現にならざるを得ないが、それでも読み解いてみれば辻褄は合うように思える。

「では、動かす兵力は……?」

 軍事的部分が気になったのか、サンドワーズがつぶやく。

 兵を動かすならば勝算が無くてはならない。打って出るよりも、援軍が来るまで砦に籠る方が安全であり、それを覆すだけの利点が欲しいと思うのは一騎士団を纏める指揮官として当然の意見。

「ここを……」

 エラゼルはそれに答えるように手にしていた扇の先を書面へと向ける。

「良い弓を五張り。さしあたり、ひと張りを千と考えるなら……。最低でも五千を用意するから安心して来い、という意味になるのではありませんか?」

「……五千……か」

 サンドワーズは眉間にしわを寄せ、難色を示した。

 初手で数を減らしたとはいえ、レンドバール軍は未だに二万以上の兵力を有している。そのうち五千が味方についたとて、砦の兵力と足しても一万を超える程度。相手よりも劣る数にしかならず、とてもではないが安心できる数字とは言えない。

 だが、根回しをしていれば足止めできる兵数もそれなりに稼げる可能性もある。戦況や状況によって日和見を図る貴族や指揮官も出る事だろう。

 そこまで計算に入れたならば、奇襲する形で先手を取り王太子サレンドラだけを狙うという戦い方に徹すればやりようはある。

「短時間で決着を付けましょう。そのためにはリファール殿下に一芝居打って頂く必要があります」

 覚悟を決めた様子のリファールを見詰め、エラゼルは少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。


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