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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十五章 金色の髪

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(二)駆け引き②

 ここに至って、貴族達もようやく誰が収拾に動くのか、どう戦うのかという方向に思考を向ける。

「クオンス卿、殿下のために卿が兵を抑えて砦を奪取すれば良いのではありませんか?」

「何を仰る。エヴァート卿、貴方こそが今そのお力を……」

「ええい、黙れ!」

 責任を擦り付け合いながら、慌てふためく臣下の様子にサレンドラは再び声を荒げた。


『兄である王太子サレンドラは類稀な治世の人である』

 かつてリファールは兄をそう評して称賛したことがある。

 学問や知識量など個人としても卓越しており、さらに他者の話を良く聞き、良し悪しを判断してそれを容れる。まさに平時であればサレンドラは有能な王となる資質を持っていると言えた。

 だが、残念な事に彼は万能ではなく、戦場においての能力には限界が有った。


 サレンドラは拳を握り締め、左の掌を叩いた。

 万全の態勢で臨んだはずの戦い。だが、机上で描いた戦略との狂いが生じた。まさに想定外の出来事が重なったとしか言いようがない。

 まず、自分達が攻め入ったことで、ヴァストールによって監禁もしくは処刑されているだろうと想定していた第二王子リファールが戦場に現れた。そして機先を制するように現れた「カラールの悪魔」と、それに怯える自軍の兵達。

 加えて、手足のようには動かない軍と、補佐すべき立場に有りながら狼狽するばかりの高級貴族達。

 敵ばかりか味方にまでも足を引っ張られ、何一つ思うままにならない。

 ゼストアと事を構えたヴァストールなら容易に勝利できるはずだと、甘い誘惑の中で描いた絵図は幻と消えるのか。……否!

 諦めかけたところでサレンドラは唇を噛んで踏みとどまった。

(ヴァストールが圧倒的優位な状況を放棄してまで砦に戻ったのは何故か……)

 状況を整理を始める。こうなると周囲の雑音も耳に入らない。

 先に交わした約定が足枷となっているのか。いや、攻め込まれた側が約定を気にする必要はない。

 ではリファールへの配慮か、罠か。それともやはり戦力差により不利は覆せないと判断したということなのか。となれば、自軍の損害は千を超えたかもしれないが、立て直せばまだ勝てる可能性が有るのではないか。

 狼狽える周囲をよそに、サレンドラは思考を巡らせた。


 実際、ヴァストールがあっさりと退いたのはサレンドラの予想通り、戦力差を勘案してのこと。

 魔法による攻撃で足を止めさせたところに騎馬兵で攻勢をかけていれば、レンドバール軍に甚大な被害を与える事が可能だっただろう。だが、混乱する敵兵がどのような行動に出るか分からない。もし死兵となって向かって来るようならば、思いもよらぬ事態を招きかねないだけに、兵力が圧倒的に少ないヴァストールは安全策をとるしかなかった。

 全員が無事に砦に戻った事を防壁の上から確認すると、エラゼルはほっと胸を撫で下ろした。

 相手は混乱の収拾に手を焼いていたためか追撃してくる事もなかったし、今のところ攻めて来る様子も見せない。投石機の射程外まで後退してはいるものの、このまま素直に撤退するようには見えない。

 だが、勝利の為の種はいたつもりでいる。

 問題は、相手がどう動くか。再編してから即座に砦に迫るか。

 何にせよ、ヴァストール側としては砦にこもって救援が来るのを待つしかない。出来ればその前に種が芽吹いて欲しいと思うのだが。


 息苦しさを覚えて兜を脱ぐと、眼下の様子が良く見えるようになった。

 エラゼルは先程の戦いの跡を見たあと、遠くのレンドバール軍へと僅かに視線をあげ、ため息をつく。西風が吹けば血の臭いなどが混じった空気を運んでくるに違いない。戦場の凄惨さを思い出し、頭を振って目頭を押さえた。

 そんなエラゼルを労うように、南からの風が木々の匂いを運びながら優しく駆け抜ける。風の精霊の悪戯か、金色の髪が踊り陽光をはらんで淡く輝いた。

「危ないですから少しお下がりください」

 一人の騎士がエラゼルに声をかける。

「ああ、すみません。すぐに戻りますので、少しだけ風に当たらせてください……」

「……あ……はい、どうぞ……」

 凛とした彼女の姿に心を奪われたように、騎士はしどろもどろに答えた。


 戦による緊張と夏の日差しによって汗ばんだ頬に、防壁の上の風は心地よい。

 ふと、瞼を閉じると友の顔がよぎった。

(そういえば、もうすぐラーソルバールの誕生日か……)

 ゼストア軍との戦いは膠着状態に入ったと聞いているが、この戦ともども早く片付いて無事に皆で誕生日を祝えるようになればと、今は願うしかない。

「何よりも……皆、無事でいてくれ……」

 エラゼルは小さくつぶやいた。

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