(二)駆け引き①
(二)
怒号を上げつつヴァストール軍へと攻め寄せるレンドバール軍。
しかし、いくつもの演出によって見事にエラゼルの手の上で踊らされる形となり、兵の統制が取れず全体の足並みは揃わない。
中央部だけが王太子サレンドラの指示のもと闇雲に突進する形となっていたが、対するヴァストール軍の動きは冷静だった。
敵軍を迎え撃つかのように、騎士達の陰から姿を現したのは魔法学院の生徒達。彼らによって一斉に魔法が放たれ、戦場は鮮やかに彩られた。
炎の塊が、土の槍が、氷の剣が、そして身を刻む風の刃が砂塵を巻き込みレンドバールの兵達に襲い掛かる。見た目の華やかさとは反対に、魔法の効果範囲内は凄惨を極めた。
何の備えも無しに突っ込んだ中央部の兵達は、まともに魔法抵抗することもできずに焼かれ刻まれた。直撃を受けて多くの者が斃れ、その惨状に狂乱に近い突撃も大きく勢いをそがれた。
様子見よろしく動いた両翼の部隊も、中央の出来事に即応するかのように足を止めた。
レンドバール軍の前衛が崩壊したのを確認すると、オーディエルトは天を突くように手を挙げた。
「第一騎士団を残し他の者は砦へ撤収!」
合図の声に魔法学院の生徒達は身を翻すと、砦へと駆け出す。
「あんなもんでいいのか?」
モルアールは横で同じように引き上げるエラゼルに尋ねた。
「上出来だ。やり過ぎず不足も無い。頭を冷やすには十分な効果が有るだろう」
エラゼルは兜の下で微笑みを浮かべる。その表情はモルアールには見えなかったが、以前と同じようなやりとりに安堵を覚えた。
「……何か?」
モルアールが何やら嬉しそうにしている事に気付いたエラゼルは、短く尋ねる。
「いや、エラゼルだな……と」
王太子の婚約者、つまりは将来の王太子妃でありその先は王妃である。見知った仲とはいえ、態度が変わっていても不思議ではない。モルアールとしては会うまではそう考えていたのだが。
「何を今さら……」
呆れたようにふんと鼻を鳴らし顔を背ける仕草。それはかつての旅の途中で何度も見た、彼女の照れ隠しの所作だ。
平民と公爵令嬢という立場であり、淡い想いを抱いても叶う事は無いと分かってはいたが、それでも彼女の姿を自然と目で追っていた事を思い出す。
「よもや、友人までもをぞんざいに扱うようになると思っていた訳ではあるまいな?」
はたと思いついたように返された言葉に、モルアールは苦笑いするしかなかったが、それを誤魔化すように視線を砦の防壁の上へと向けた。
モルアールの目に映ったのは、多くの兵が弓を手に迫る敵を退けようと威嚇している。
「あれは詐欺の部類だな……」
モルアールがつぶやいたように、砦の防壁の上に見える兵士の多くは魔法学院の生徒達が作り出した幻影。
それを見抜かれてしまえば、止まっていたレンドバール軍の足が再び動き出す。
ヴァストールはやはり少数の兵しか用意できなかった、と悟られぬように幻影を生かしつつ上手く動いて見せるしかない。
「幻影組もなかなか見事にやってくれているな」
詐欺の考案者は、豪奢な金髪を風に揺らしながら満足げに笑った。
対するレンドバール軍は前線の狂乱が各所に伝播し、手が付けられない状態になりつつあった。それでも左右両翼が中央部の混乱に干渉することは無かった。
ディガーノンのように静観を決め込んだ者たちには、相応の理由が有る。
軍の中央部は王太子を推す強硬派で固められており、中立派や無理やり従軍させた穏健派の貴族や軍人たちは、信頼しきれずに左右両翼に割り振った。その歪な構造が、思わぬ情報と敵の動きによって、露わになっただけに過ぎない。
「落ち着け! 落ち着かぬか! 騒ぐ者は斬るぞ!」
王太子サレンドラの手前、醜態を晒すわけにはいかないとばかりに声を張り上げる王太子派の貴族達。だが、一度混乱した兵達を立て直す程の力量がある訳でもない。
混乱の収拾をしている間に、砦に帰還するヴァストール軍の後背を突くという好機を、みすみす逃してしまうという失態を犯してしまった。
当然、サレンドラの怒りは頂点に達する。
「醜態を晒したまま、本国に帰れると思うな!」
混乱の原因を作った一人でありながら自分の事は棚に上げ、矛先を自らを担ぎ上げた者達へと向けた。彼が臣下へ罵声を浴びせる光景は、彼を良く知る者にとっては意外であり、それ故に驚きと落胆をもって受け止められた。




