(四)苦境③
砦へ東西から攻撃を続けるゼストア軍。その東側で指揮を執るカイファーは僅かに笑みを浮かべた。
「砦の反撃が少し弱まったか?」
「そのようですな……」
隣でアルドーが同意する。
「先程まで統率のとれた攻撃をする部隊が居たようですが、交代しましたかな?」
「いや、西側に遣った部隊が攻撃を開始したのだろう。向こう側から何かが燃えたような煙が見える」
「確かに……」
今のまま攻撃を続けるか、それとも反対側の攻勢を頼って、こちら側は注意を引き付けるに留めるか。戦場で伸び始めた顎髭に手をやりながら、カイファーは思案する。
その様子を見たアルドーはひとつ咳払いをした。
「殿下、こちら側からの攻めではいくら押せども砦はびくともしないでしょう。ここは攻めるふりを見せて向こうの戦力分散を継続させ、こちら側は損害を抑えるのが得策かと。ただ……」
「ただ、何だ?」
「殿下を差し置いて、手柄は全て向こう側に回った者達のものになるかと……」
そう言ったアルドーの顔をカイファーは目を丸くして見詰め、そして笑い出した。
「はははは……! アルドーよ、王子である私に手柄など不要だ。部下の手柄を奪ったとあれば、それこそ王子としては失格ではないか? そもそもこの戦の全体が私の管轄であり勝利もまた同じなのだからな。……だが、アルドーの指摘も一理ある。勝利の折にはこちら側に残った将兵も、向こうと同じように遇さなければなるまいな」
笑みを絶やすことなく応えるカイファーには、今まで感じることが無かった王族としての度量が垣間見える。僅かな時間で威厳を感じる程に成長しているのを実感し、アルドーは思わず頭を下げた。
「……御意に。私としたことが、余計な事を申しましたようで……」
「いや、良い……。これからも他者の進言には耳を貸すことにしよう。……まずは、なるべく損害を出さぬよう砦を攻めさせよ。ただ、手抜きと悟られないよう時折嫌がらせをすることも忘れるな、と各所に伝えよ」
カイファーはそう言うと、にやりと笑った。
ラーソルバール達も敵に対し東側で行っていた事と同じように、組織的に士官や魔術師を優先して狙い、効率的に敵の戦力を削るよう攻撃を続けている。だが、そうやって一部を切り崩したところで、全体としての敵軍の勢いは衰える訳ではない。
戦場の兵たちの声は地を揺らすかと思う程に響き、精神を威圧する。
「もうっ! 次から次へときりがない!」
ビスカーラが苛立ちの声を上げる。その直後。
「グッ……!」
ドゥーがうめき声をあげて転倒した。
遮蔽物から身を出して射撃しようとした瞬間、飛んできた矢に右腕を貫かれたのだ。
「ドゥーさんっ!」
思わず駆け寄ろうとしたビスカーラの腕を掴んで制止しつつ、ラーソルバールはルガートに目で合図を送る。
「救護お願いできますかっ!」
ルガートがドゥーを遮蔽物の影に引き寄せたのを確認すると、ラーソルバールは声を上げ救護院の人員を呼ぶ。
「あ……ああ……」
掴んだビスカーラの腕から震えが伝わってくる。同じ小隊の同僚でもあり、カラール砦の防衛戦でドゥーに命を救われた事もあってか、彼の負傷にビスカーラは動揺を隠せない。
「ビスカーラさん、今は敵兵に集中しないと……」
半泣きになるビスカーラにシェラが声をかける。
「大丈夫、矢傷なら余程の事が無ければ自分たちでも対処できるよう、皆が訓練してきているはずです」
「そうそう。これは確認もせずに身を晒したドゥーが悪いね……」
ラーソルバールの言葉に呼応するように、ルガートが苦笑いしながら続けた。
ここに至っては、交代して戦うような人的余裕も無く、倒れればそこに穴が開く。ゼストア軍には穴を埋めるだけの余力があるが、ヴァストール側はそうではない。
次第に激しくなる大門への攻撃には抗い難く、僅かな綻びが出来るとさらに事態は悪化し始めた。
「門がそろそろ限界だ!」
防壁の中央部あたりから悲鳴のような声が上がった。
その声とともに、ヴァストール側に緊張が走る。大門の鉄扉はあと数回大きな攻撃を受ければ、兵が雪崩込むのが可能になるという程に大きく湾曲していた。
「門を破られたら、非戦闘員が避難している居住区まで敵兵を通さないように、我々は剣を持って対応にあたる! 防壁の下へ急げ!」
フェザリオが声を張る。
ラーソルバールも腰の剣を確認すると、手当てを受けるドゥーを横目に見ながら弩を手に急いで駆け出す。階段を下る間にも鉄扉を打つ激しい音は響き、やがて白兵戦の場となる大門前広場への恐怖心が芽生える。
大門の見える場に出て、呼吸を整えようと大きく息を吸い込んだ時だった。
「門が破られるぞ!」
大きく湾曲した鉄扉は、幾度となく放たれた魔法に耐えかねて遂に兵士たちが通れるだけの口を広げるに至った。




