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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第一部 : 第九章 エラゼルとラーソルバール(前編)

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(二)エラゼルの姉②

「では、食べ物と、飲み物を持って参ります」

「あら、悪いわね」

 ラーソルバールがその場を離れようと、三歩ほど歩いた時だった。

「……?」

 視界の端が一瞬ぶれた。

 その瞬間、殺気を感じて鳥肌が立った。

「イリアナ様、右へ!」

 叫ぶと同時に、赤いドレスが舞った。

 ゴツッという鈍い音がした次の瞬間、何かがイリアナの橫を抜け、バルコニーの柵に激突した。

「何です?」

 イリアナが驚き、声を上げる。

 激突音のした辺りの空間がぼやけ、黒い服の侵入者が姿を現した。

 ラーソルバールの蹴りをくらい、吹っ飛ばされたのだった。

「ぐ……」

 呻きながら立ち上がる侵入者の手には、小剣(ショートソード)が握られている。

 顔を隠して、全身を闇に紛れ込ませるように黒い服で包んでいる。

暗殺者(アサシン)か?」

 咄嗟の飛び蹴りで先制攻撃を加えたが、ラーソルバールは素手。

 魔法の詠唱時間も与えられるはずもなく、イリアナを守らなければならない。この不利な状況で戦うというのは命懸けだった。


 この暗殺者を会場に入れてしまえば、混乱で会は台無しなるだけでなく、不特定多数が危険に晒されるうえ、人混みで戦うことすらままならなくなってしまう。

 バルコニーに足止めして、対処しなければいけない。

 そして、暗殺者の標的は誰か。恐らくはイリアナだ。

 相手と対峙したまま、ジリジリと動き、イリアナと暗殺者の間に入り込む。

「イリアナ様! あれを会場に入れる訳にはいきません。ですから……」

「標的はここに居ろということね。了解したわ」

「申し訳ありません」

 顔色ひとつ変えずに言ってのけるあたりは、さすが公爵家の令嬢といったところだろう。

「ただ、私が倒れそうになったら、即座にお逃げください。何としても足止めしますから」

「あら、貴女は倒れないわ。だって、エラゼルより強いんでしょ」

 イリアナは余裕の笑みを浮かべた。

 まず先に暗殺者が動いた。小剣を構え、標的の前に立ち塞がる邪魔者の排除を優先する。

 暗殺者の白刃が閃く。

 赤いドレスを踊らせながら、ラーソルバールは腕や体を使って暗殺者の剣を近付けさせない。間を取らせて様子を伺う。

 とはいえ、剣を持っていないので思うように相手の剣を捌くことが出来ない。剣技の動きを利用して動いて居るが、できる事には限界がある。更に、相手に対して有効な攻撃手段が無いのが問題だった。

 隙を見せて相手を誘うか。だが、下手をすれば背後のイリアナを危険に晒すことになる。ラーソルバールは迷っていた。その僅かな迷いを見透かしたか、ラーソルバールが行動に移る前に暗殺者が動いた。

 剣を捌かれる事に苛立っていた暗殺者は、少し勢いをつけて煩わしい小娘を切り捨てようと、振りかぶった。

 次の瞬間、ラーソルバールは暗殺者の剣を持つ腕を左肘で止めると、右の掌底で顎を弾き上げる。衝撃に相手がよろめいて一歩下がったところへ、駄目押しのように前蹴りを腹部に叩き込んだ。

 暗殺者は再び柵に激突し、大きな音を立てた。が、楽隊の音楽と賑やかな会話に紛れて、会場でこの音に気付く者は居ない。

 ラーソルバールは隙を見せぬよう、転がってきた暗殺者の小剣を拾い上げた。

 手持ちを失った暗殺者は、腰にあった予備の剣を抜き、左手に短剣(ダガー)を持つ。

 そして視点を切り替えた。

(イリアナ様に狙いを変えた)

 暗殺者の一瞬の目の動きを読んで、ラーソルバールは悟った。

 厄介な娘に時間をとられるより、標的を始末する方が早い。暗殺者がそう考えたのも、無理からぬ事だった。

 それならば彼女を守るように戦えばいい。だが、ラーソルバールには気になる事が有った。

 本当に敵は一人なのか。

 目の前の敵に集中しすぎては危険だと、勘が激しく警鐘を鳴らす。

(どこだ、どこから来る?)


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