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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十四章 ベスカータ砦の攻防と……

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(三)隊長の心得②

 ラーソルバールが言ったように、シジャードが既に周辺の対策に動いていた。

 ゼストア軍の一部が南部に移動しているという情報をもとに、数名の騎士を派遣して近隣の村には避難指示を出している。

 だが避難と言っても、カラール砦とは違いベスカータ砦は居住区が小さく、住民を受け入れる程の余裕がある訳ではない。かといって規模のある街まで誘導しようにも、そこまで人員を割くこともできない。

 やむを得ず、空いている兵舎の一部に住まわせることで対応することにしたものの、砦が絶対に安全だと言いい切れるだけの余裕も無かった。

 砦から離れた地域の村や街は、自主避難と言う形でそれぞれ個人で動くという形で最終的に落ち着いたのだが、そこには避難指示担当者の苦労があったのは言うまでもない。


 それぞれの住民の避難が完了した半日後、ゼストア軍は近隣の村を襲う事無く砦の南方から現れた。

「南南西方向からゼストア軍と思われる軍が接近しております」

 砦の物見が声を上げる。

「ちっとばかし早いねえ……」

 ジャハネートが苦りきった顔で舌打ちをする。

 その数は約一万五千。偵察兵がその動向を確認してはいたものの、予想よりも早い到着にヴァストール側に動揺が走る。

 ゼストア軍の迅速な行動、それは東側で攻撃を続けている友軍への負担を考慮しての行動だった。

 急ぎ砦に到着するために険しい場所を無理やり移動したのか、騎馬兵の姿はほとんど無い。それは砦の攻略に馬を用いる必要はない、という判断によるものだろうという想像はつくのだが……。

 砦の小兵力が相手では、野戦が行われる事もないと高をくくっているのだろうか。それとも罠があるのか。

「さて、第七の到着までどうするかファンハウゼン爺と筋肉馬鹿と相談するか……」

 ジャハネートはそう言いつつ、北西の物見塔に視線をやった。


 その視線の先、物見塔に上がったシジャードは目を凝らすが、期待した援軍の姿はまだ見えない。

「第七騎士団の姿はまだ見えないか?」

「まだ気配はありませんね……」

 予定通りであれば、到着まではあと半日程はかかることになっている。それでも、多少は速く来てくれないものかと期待せざるを得ない。

「了解した。では、姿が見えたら鐘を鳴らしてくれ。出来る限り大きく、な」

「はい!」

 物見兵に笑顔で告げると、シジャードは急いで階段を駆け下りる。

「さて、籠るか、打って出るか……」

 ひとり言が口を突いて出る。

 相手はほぼ歩兵であり、騎馬で編成した部隊であればそれなりの戦いができるという目算はある。ただ、砦に残す兵力や、敵兵の中にどの程度の魔術師が混ざっているのかも分からない。

 下手な出方をすれば、第七騎士団の到着前に敗北する可能性もある。

「鬱憤は溜まるだろうが、砦で迎え撃つのがいいかな?」

 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、シジャードは頭をかいた。


 ゼストア軍が西側にも現れた、という報はさほど時を経ずしてラーソルバール達の耳にも入っていた。

「西側の防衛に回る兵が必要だから、私たちはしばらくここで防戦ですか?」

 ビスカーラが尋ねる。

「命令が有るまで現状維持であることは間違いないけど、私にも何も声が掛からないから……。とりあえず第七騎士団が到着するまで砦を守ることが出来ればいいんだけど、兵力の差がここで出ちゃった形だよね……」

 苦笑いしながらも、ラーソルバールが放った矢は敵兵の右肩を射抜く。

「こっちもこっちで、守るだけできついっていうのに……」

 シェラが眉間にしわを寄せながら、狙いを定めてから矢を放つ。その矢はゼストア兵の鎧に弾かれ、地に刺さった。

「……前から思っていたんだけど、同じ弩を使っているのにラーソルの矢だけ威力があんなに違うの?」

 半ば苛立ちながら、次の矢を番えつつシェラが愚痴る。

「やってることは普段通り……。いつもと変わらないよ」

「いつもって……?」

「戦っているのだから、剣を持つつもりで……」

 そう言いつつ、ラーソルバールが放った矢は敵兵の鎧を貫通し、右腿に深々と突き刺さる。兵士はそのまま足を滑らせて濠へと転落した。

「金属鎧を貫通するのが普通な訳ないでしょ?」

 呆れたように言い放つシェラ。その言葉に近くに居たビスカーラが同意するように首を縦に振る。

「中隊長の矢は、他の人よりも魔力を纏っているんだろうね……。それがほぼ無意識みたいだから恐ろしいけど」

 ルガートに言われて、シェラはエラゼルが口にしていた言葉を思い出す。

『ラーソルバールの剣は常に魔力を纏っている。幼い頃からの鍛錬で身についたのか、それとも持っていた片刃剣がそれを引き出す役割を果たしたのか……。いずれにせよ、その力が幾多の戦闘で飛躍的に伸びている。それを可能にしているのが本人の資質、体内の魔力量だな……。他人に真似のできるものではない……』

 エラゼルの言葉通りなら、ラーソルバールは常に魔法付与されたような状態で矢を放っている事になる。

「なるほどね……」

 納得したように笑うと、シェラは意識して魔力を込めて矢を放った。

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