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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十四章 ベスカータ砦の攻防と……

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(二)野心と誠心①

(二)


 ゼストア軍の攻撃は三日間昼夜を問わずに続いた。

 砦守備兵よりも兵力に勝るゼストア軍は、砦前の展開時に余剰になる兵力を有効活用するため、軍を三つに分割し三交代で間断無く砦への攻撃を行っている。対してヴァストール側は二交代にするのが限界で、疲労の度合いはゼストア軍に比べ遥かに大きい。

 初手で大型兵器を潰されたためゼストア軍は有用な攻撃手段を持っておらず、現状では単純に兵力に任せた力攻めしかできない。決め手を欠く中で、それこそが堅牢な砦を攻略するためのアルドーの狙いであり、非常に効果的な手段といえた。

 それでもヴァストール側は防壁を守り、更には強力な防御魔法を展開して門の破壊を阻止している。

 ゼストア軍の動きからは、ヴァストール側の増援が砦に到着する前に勝負を決めてしまいたいという焦りが見て取れる。


 砦への攻勢を見ながら、アルドーはカイファーの顔色を伺う。

 自分がやや有利に見えるものの、目に見えて攻略が進んでいるという訳でもない以上は、最高責任者に今後の方針を聞かねばならない。

「殿下、現在は互角以上に戦っておりますが敵の守りも固く、我が軍の損害が全体の二割近くに達してしております。継続か、撤退かの判断が必要になるところですが……」

「分かっている。だが、まだ撤退はしない。とはいえ、このまま同じことを続けて答えがいつ出るのかも見えない。そこでだが……、砦の兵を釘付けにしたまま三割ほどの兵を川沿いに下流に移動させ、別方面から侵攻させる事は可能か?」

 愚鈍だと思っていた王子の意外な言葉に、アルドーは驚いた。

「はい……? 河口までは二日か三日を要しますし、平地とはいえそちらにも砦がございますが……」

「ふむ……。河口まで行って海軍と連動すると言う手もあるが、海軍力は相手が一枚上だろうし、軍務大臣や海軍庁あたりに嫌味を言われるのも癪に障る」

「同感でございます」

 思いがけず意見が一致し、アルドーは苦笑いをする。その様子を気に留める事無く、カイファーは腕を水平に伸ばし南を指さした。

「だが、ここから河口まで全てが登れぬほどの断崖ではあるまい? 何なら北上してシルネラ領を通過しても良いが、余計な波風を立てるわけにもいかんだろうしな」

 砦を通過せずに迂回路を見つければ、国土を蹂躙するか砦の後背をついて前後から攻略するという展望も開ける。

「密偵の調査によればここから南に一日程のところに、馬を捨てれば登れなくもない場所があるという事ですが、ヴァストール側がそれに対し何の備えもないとは言えません」

「確かに警戒はすべきだが、砦の兵力から考えるとそちらに兵を回す余力は無いのではないか?」

 アルドーとしても何も言う事は無く、黙って頭を下げる。

 カイファーは砦に視線を戻すと、兵たちの奮闘を見詰めながらにやりと笑った。


 その視線の先。ベスカータ砦では、続けられる戦闘に疲労が蓄積してきていた。

 こうした戦いでは個人の武が及ぼす影響など殆んど無く、粘り強い精神力だけが要求される。その精神力がどこまで続くか、という状態であったのだが。

 ようやくこの日の昼過ぎに、王宮からの要請に応えた東部地域の貴族の私兵約二千が到着したことで、やや悲壮感のあった砦の雰囲気は一変した。僅か二千ではあるが、精神的にも肉体的にも疲労の無い戦力は非常に有難いものだった。

 更に北方に展開していた第七騎士団が三日後には到着するとの報が入り、ベスカータ砦は沸き立った。


 そして、この夜カイファーが動く。


 同日、王都ではどこからの情報なのか「戦場が膠着状態に入ったようだ」という噂が広まり、各所が騒がしくなってきていた。

 まだ始まったばかりの戦に「膠着状態」という言葉が適切なのかという疑問は有るのだが、なまじ先のレンドバールとの戦があっさりと終わっただけに、戦に疎い一般市民はそれを素直に受け入れてしまった。

「聖女様が戦線に赴かれたのだから、そう長い事はかからずに終わるはず」

 そうした声も聞こえるが、誰も未来は見えない。では戦いはいつ終わるのか。そうした不安に付け入るように動き出すものもある。


「あの娘が騎士になってから戦ばかりとなってしまいました。あれは英雄や聖女などではなく、この国に災いを呼び寄せる悪魔なのではないのでしょうか!」

 大司教マリザラングは教会に集まった人々にそう熱弁する。賛同者は多くはないが、大司教の言葉だけに耳を傾ける者も居る。

「このまま放置しておけば我が国は近隣国を巻き込んで争いの中で滅んでしまうでしょう。悪魔のような存在は平穏のために駆逐すべきであり、居場所など与えてはなりません!」

 一度は宰相であるメッサーハイト公爵にやり込められたものの、自らの地位を脅かす存在をやはり看過する事はできなかったのだろう。

 そんな中、マリザラングが自らの言葉が真実を突いたと喜ぶような事態が発生する。



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