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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十四章 ベスカータ砦の攻防と……

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(一)足音②

「ロスカール卿、ご無事で何より。報告によれば随分とご活躍だったようじゃないですか?」

 アルドーは皮肉を込めて言う。

「いやいや……お恥ずかしい。私には兵を指揮する権限は無いので、この身一つで出来る事をやったまでですよ。大した首級をあげる事は出来なかったのは至極残念ではありますが……」

 皮肉には皮肉で返す。自らに指揮権限があれば、奇襲など許さなかったと言わんばかりに。

「……で、悪魔共を相手に何か収穫はありましたかな?」

「ふむ。あの()()()()()()()だが……、面白い相手を見つけた」

 にやりと笑うロスカールに興味を示したように、アルドーの表情が変わる。

「面白い相手、と申しますと?」

「あの部隊には、強者が三名居た。先頭で斧を振るう巨躯は牙竜将ランドルフ、気配を感じさせずに忍び寄る恐ろしい剣を持つのは女豹ジャハネートだろう。そしてもうひとり……」

 情報によれば、二人が団長を務める第二、第八騎士団も参戦しているという事なので、ロスカールの言う人物が居たとしても不思議ではない。

「騎士団長自ら奇襲を仕掛けてきた、と? するともう一人も騎士団長ですかな?」

 眉間にしわを寄せ、アルドーは尋ねる。

 もう一人の騎士団長が居たとすれば、第四騎士団ガレン・シジャードか。

「いや、あのような少女が騎士団長だとは聞いたことが無い」

「少女……ですと?」

「金髪の娘だ。良い剣技と、体術を持っている。馬上でなければ、あるいはもっと……」

 華奢な体格から繰り出されたしなやかな剣技は、地に足を付けた戦いならば数段階違うだろうという気がする。もっとも、彼女とそのような状況で剣を交える事が有るとは思えないが。

「金髪の少女……? するとそれは噂に聞く灰色の悪魔を斬ったという『カラールの魔女』かも知れませんな……」

「ほう……あの猛獣のようなモンセント伯をか……。そんな面白そうな奴がいるのか」

 ロスカールは顎をさすりながらにやりと笑った。

「灰色の悪魔とは面識が?」

「以前、あの男が西方戦線に一時援軍で来ていた事が有りましてな……個人的には相容れないものがありましたが、腕は確かでしたのでまぐれで斬れるような相手ではないでしょう」

「左様ですか……。では、我々も気を付けましょう。もっとも、野戦が有れば、の話ですが」

 噂の真偽はともかく、相手が本物であるならば警戒するに越したことは無い。アルドーとしては、奇襲を受けるような失態を繰り返す事だけ気を付ければ良いのだから。

「ゼストアが討ち漏らせば……また剣を交える機会があるやもしれん……」

「は……? 何と仰られましたかな?」

「いや、何でもない。今宵十分に楽しませてもらったので、明日からは後方から貴国の戦う様を見せてもらうとしよう」

 満足げに背中を向けるロスカールにアルドーは侮蔑の視線を向ける。

 ロスカールのおかげで被害の拡大を食い止められたという部分はあるが、表だってそれを認めたくはない。それは軍の指揮官の一人として己の無能さを認める事になるからだ。

「好き勝手言いおって……」

 アルドーのつぶやきは去っていく背には届かなかった。


 翌朝、ゼストア軍は負傷した兵を戦列から外した他、疲労の度合いが強い前衛部分を中団後部に下げるなど立て直しに注力し、軍の再編成を行った。

 午後から砦への攻勢をかけるためである。

 全軍が整ったのを馬上から確認すると、カイファーは大きく息を吸い込んだ。

「全軍、進め!」

 響き渡る声のあと、無数の鎧の金属音と軍靴や蹄の音が地鳴りのように巻き起こる。

「勝利すると信じていなければ、勝てるものも勝てない……か」

 カイファーが自らに言い聞かせるように呟いた言葉は、周囲の音に掻き消される事無く隣に居たアルドーの耳にも届いた。

「陛下のお言葉ですか?」

「ああ、父上が戦場で何よりも身に染みたと……」

 気のせいか昨夜よりも清々しい顔をしているが、思うところが有ったのか。アルドーは少々気になったが、あえて尋ねるような事はしない。

「殿下……何事も同じでございます。ただ、勝てると信じたとて勝てない時もございますれば」

「分かっている。戦う前から言うのもなんだが、勝っても負けても引き際は誤らぬようにせねばならないな」

「御意……」

 アルドーは恭しく頭を下げた。

 どちらが勝ったとて、損害が出て喜ぶのは恐らく帝国だろう。無益な戦いを続けるよりは、早めに見切りをつけるのが得策だろう。

 焦げ臭い空気を吸い込んで、アルドーは正面の砦を見据えた。


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